二度目の結婚は、溺愛から始まる
「ええ。元気よ。蓮も……元気そうね?」
「まあな。仕事は?」
「出産後、しばらくはパートで働いていたんだけれど、いまは正社員として雇ってもらっているの。家族経営の小さな木工所で、いろいろと融通を効かせてくれるからありがたいわ」
「規模は小さくても、かなり有名なところだろう? 忙しいんじゃないのか?」
「暇ではないけれど、残業しなきゃならないことは滅多にないわ。働き過ぎると、想像力がやせ衰えてしまうって言うのが、社長の口癖だから」
百合香が勤めているのは、彼女が言うように小さな会社だ。
従業員は二十人にも満たない。
だが、「椎名木工所」と言えば業界ではかなり有名だった。
オーダーメイドで作る一点ものの家具は、毎年何かしらのランキング上位に入るし、近年では公共施設やホテルにデザイン性と機能性を兼ね備えた什器を納めたりもしている。
百合香が、前職と少なからず関連性のある椎名木工所で働くことになったのは、まったくの偶然だ。
ヤリ手の二代目社長と百合香の弁護士が偶然友人同士だった縁によるもので、兄や祖父が手を回したわけではないと聞いている。
「理解がある社長なんだな。確か……俺たちと同じくらいの年齢だったか?」
「そうよ。社長もシングルで息子を育てているから、家族と過ごす時間は大事にしたいと言っているの」
「そうか……いい職場なんだな」
「ええ。仕事も、人が少ないから何でもやらなくてはいけないけれど、変化や発見があって、楽しいわ」
「…………」
「…………」
スムーズに見えて、どことなくぎこちなさが残る二人の会話は、七年の空白を一足飛びには越えられず、「いま」の関係に相応しい距離感を計りかねて戸惑っている――そんな状態だ。
しかし、二人の間に広がるなんとも言えない空気は、無邪気な要望で打ち砕かれた。
「ねえ、おかあさん。お昼ごはん、どこに食べに行くの? わたし、ハンバーグが食べたい!」
「待たせちゃってごめんね? キョウカちゃん。もう十二時過ぎてるもんね。百合香さん、どこかオススメのお店はありますか?」
事前に子連れで入りやすいレストランやカフェを調べはしたものの、この土地を知っている人間に訊くのが一番確実だ。
「いつも行く洋食屋さんがオススメです」
「じゃあ、そこにしましょう。いいでしょ? 蓮」
「ああ。ただし……ここから先は俺が運転する。橘、案内を頼む」
とりあえず、ここまで辿り着くという目的は果たせたので、運転は蓮に譲ることにした。
ナビをする百合香は助手席、わたしはキョウカちゃんと後部座席に座る。
キョウカちゃんは、キョロキョロと車内を見回したのち、意外な質問をしてきた。
「ねえ、椿ちゃん。椿ちゃんは、『将棋』って知ってる?」
「将棋? あんまり得意じゃないけど、知ってるわよ。キョウカちゃん、将棋するの?」
「うん! 去年の誕生日に、ショータローおじいちゃんが将棋セットをくれたの」
「ショータロー……」
どこかで聞いた名前だと思いかけ、ハッとした。
(お祖父さまっ!)
「でも、学校では将棋ができる子がいないから、しゃちょーのしゃちょーに老人クラブに連れて行ってもらってるんだ」
(しゃちょーのしゃちょー……とは、誰??)
「そうなんだ。楽しい?」
「うんっ! わたし、『飛車』が一番好き! ドラゴンになれるんだよっ! 椿ちゃんは、何が好き?」
(ドラゴン? ああ、成ると竜王だから? なるほど……)
「わたしは……そうねぇ……『香車』かな」
「椿ちゃんは、猪突猛進なんだね! ショータローおじいちゃんが、好きな駒で性格がわかるって言ってた」
「えっ……そ、そうかなぁ……キョウカちゃん、ずいぶん難しい言葉知ってるのね?」
(ちがうと言いたいところだけれど……当たっているかも)
「老人クラブで、よじじゅくごが流行ってるの!」
(それは、流行っているんじゃなく、口癖なのでは……?)
心の中でツッコミつつ、絶え間ない、けれどちっともうるさく感じないキョウカちゃんのおしゃべりに付き合っていると、自分の幼い頃を思い出す。
(おしゃべりなところが、似てる……)
賑やかな後部座席とは対照的に、前方に座る蓮と百合香は、世間話をすることもなく、方角を確かめるだけの会話をぽつりぽつりと交わしている。
彼女のナビで、車は街を離れて郊外へ向かう。
F県では第二の都市と言われている街だが、市街地を離れれば緑あふれる田舎の風景が広がる。
延々と続く田んぼや畑の中にぽつりぽつりと人家が散らばり、道端には野生動物に注意を促す看板が立つ。
こんなところにレストランなんてあるのかと思いかけた時、トウモロコシ畑の向こうにおしゃれな平屋石造りのコテージが見えた。