熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
(今日も静かだな……)
代わりに思うのは、そんなことだ。
顔を合わせれば八雲に嫌味を言われてばかりの花であったが、花が八雲に啖呵を切ってからというもの、一度も会話らしい会話をしていなかった。
つくも内ですれ違えば、従業員である花から若旦那である八雲に挨拶くらいはした。
けれど八雲側は花の挨拶に目を閉じて軽く会釈をするだけで、声を発することもなかった。
(別に……いいけどさ)
最初はそれが若旦那の従業員に対する態度かと、憤りもした。
けれど言いたいことはすべて、あのとき八雲にぶつけたのだ。
謝られることはあっても、謝るようなことはしていない。
仕事に悩む従業員を突っぱねる主人など、主人失格と思って何が悪いというのが最初から一貫して変わらぬ花の気持ちだった。
だから自ら八雲に和解を持ちかけようなどという気はさらさら無いし、何より花は未だに八雲に腹を立てたままだ。
「あ……いらっしゃいました!」
そのとき、黒桜が虎之丞の到着を告げた。
ハッとして花が顔を上げると前方から真っすぐに、歩いてくる人影が目に入った。
(人影──いや、付喪神影?)
花は一瞬首をひねったが、そんなことは実にどうでも良い問題だ。
それよりなにより、想像とまるで違った虎之丞の姿に、花は驚きを隠せなかった。