熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「……おい、なんだ。人がいるではないか。それも女だ、これは一体どういうことだ」
そのとき、虎之丞が花の存在に気がついた。
花はついビクリと肩を揺らして固まってしまったが、すぐにぽん太が虎之丞と花の間に割って入って仲介役をしてくれる。
「いかにも、虎之丞。この娘は名を"花"と言っての。実は仲居兼、八雲の嫁候補として、今はつくもで働いておるんじゃ」
「仲居兼……八雲の嫁候補だぁ?」
ぽん太の説明を聞いた虎之丞は太い眉を持ち上げて、花を見た。
そして「本当か?」と呟き花の目前まで詰め寄ると、改めてまじまじと花の姿を頭のてっぺんからつま先まで視線で撫でた。
「は、はいっ! 本当です! まだ仲居を務めさせていただいてから日が浅いのですが、今日は精一杯おもてなしをさせていただきますので、どうぞよろしくお願いしましゅ!」
……噛んだ。だが、今はそんなことを気にする余裕は花にはない。
「ほぉ……そうか。ハッ、八雲もようやく嫁をとる気になったのか。ガハハっ、いやぁ、こりゃめでたいこっちゃ。……のぅ八雲、お前さんも嫁をとったら、ようやく一人前と言うわけだ!」
「……っ、」
(ヒイ……ッ!)
次の瞬間、花は心の中で悲鳴を上げた。
というのも、そう言った虎之丞が八雲の背中をバンッ!と豪快に叩いたからだ。
これには流石の八雲も一瞬顔を顰めたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻ると、「……ありがとうございます」と不本意そうな返事をした。
「では娘。今日はお前さんがどんなふうにもてなしてくれるのか、心から期待しておるでのぅ」
そう言う虎之丞は、花を見て黒い笑みを浮かべる。
対してぽん太と黒桜、八雲の三人は思わず眉根を寄せたが、当の花は緊張のあまり虎之丞の本心に気がついていない様子で元気よく頷いた。