熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「え……っ、でも……」
「ここにいても、お前にできることはないだろう。ご夕食の準備が整い次第、また配膳のためにくるように」
「は……はい。わかりました。それでは虎之丞様、失礼いたします……!」
相変わらずの冷たい物言いではあったが、花からするとこれ以上ない天の助けに違いなかった。
慌てて一礼してから部屋を出た花は扉を締めると、足早に虎之丞の部屋の前をあとにする。
その間も、ドッドッドッと押し寄せてくるような心臓の音は鳴り続けていた。
そしてロビーに降りてくるなり花は胸に手をつき、大きく安堵の息を吐き出した。
「は、はぁ……っ。た、助かった……」
八雲が来なければ、退出すべきタイミングを失って、虎之丞に延々と嫌味を言われていたことだろう。
「ま、まさか、助けてくれた……ってわけじゃない、よね?」
たった今自分が降りてきたばかりの階段を見上げた花は、入れ違いで部屋に入っていった八雲の姿を思い浮かべた。
八雲のおかげで助かったのは事実だ。
けれどそれが花を助けるためであったかどうかは、花には知る術がない。