熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「……なぁ。俺も一緒に行くよ」
「え……?」
そのとき、花に声を掛けてきたのはちょう助だ。
驚いた花が顔を上げると、ちょう助は視線を斜め下へと落としたままで言葉を続ける。
「その量、お前ひとりで運ぶのは無理だろ。それに虎之丞さんは常連客だし、きちんと挨拶しておくべきだと思うから」
「ちょう助くん……」
思いもよらないちょう助からの申し出に、花は胸を震わせた。
未だにふたりの間には溝のようなものが存在するが、少なくとも初めて会ったときのような大きな壁はなくなっている。
「ありがとう、ちょう助くん。一緒に運んでもらえたら、すごく助かる──」
「こんなの、ちょちょいのちょいですよ。ハイッ!」
けれど感動も一時のもので、そう言った黒桜がパッと右手を上げると料理の乗ったお盆がすべて、空中へと浮かび上がった。
「私は直接配膳はしませんが、このように間接的に力を貸すことはできますので」
これも付喪神ならではの神術か。
ニコニコ顔の黒桜だが、つまるところ虎之丞とは顔を合わせたくないということには違いなかった。