熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 

「傘姫がおいでだ」


 ハッとして花が顔を上げると、雨の中、赤い和傘を差した着物姿の女性が歩いてくるのが見えた。


(あれが、傘姫──?)


 花は心の中で呟いて、静けさの中で息を呑む。

 止む気配のない雨は、小路に鏡のような水溜りを作り、辺りを灰色に染めていた。

 その、どこか浮世離れした幻想的な風景のせいかもしれない。

 視線の先にいる彼女の成りはどう見ても"人"なのに、ただ歩いているだけで神秘的だった。

 象牙色(ぞうげいろ)の地に、鶴や光琳菊で彩られた扇と流水文が描かれた色留袖は、金糸の刺繍が見事な帯と調和すると落ち着きがあり、上品な印象を与えてくれる。

 艶のある黒い髪を後ろでまとめて背筋を伸ばし、首をやや前に倒して歩く姿はたおやかで、同性の花ですら見惚れずにはいられなかった。


(すごく、綺麗──)


 雨の中、石畳の上で彼女が立ち止まって、徐に顔を上げる。

 雪のように白い肌が印象的な彼女は、赤い紅を引いた唇で緩やかな弧を描いて音もなく微笑んだ。

 黒曜石のように淀みない瞳に見つめられると、目を逸らすことも叶わない。

 洗練された美しさに花は思わず息を呑み、次に彼女が動くまで微動打にすることもできなかった。

 
< 215 / 405 >

この作品をシェア

pagetop