熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「お前はもうしばらくここで、足をよく冷やしておけ」
「で、でも──」
「すみません、遅くなって! 花、氷はこれで足りる!?」
と、そこへ、タイミングが良いのか悪いのか、ちょう助が別の手桶に氷を入れて持ってきた。
「手間をかけてすまないな」と答えた八雲は、「足を冷やすのに使え」と氷を花に差し出して、踵を返す。
「それじゃあ、俺は戻る。ちょう助、悪いが、あとのことはよろしく頼む」
言い添えて、八雲は颯爽と厨房を出ていってしまった。
その後ろ姿を視線だけで見送りながら、花はまた自分の胸にモヤのようなものがかかるのを感じていた。
「花、火傷したのか? 大丈夫?」
「え──あっ、だ、大丈夫! ごめんね、ちょう助くんにまで迷惑かけちゃって……」
慌てて我に返った花は、改めて謝ってからちょう助にお礼を述べた。
「忙しいのに、氷もありがとう。助かるよ」
「それは全然いいんだけど……。夕食の準備も、もうほぼ整ってるしさ」
ちょう助の言葉の通り、厨房内にはなんとも芳しいデミグラスソースの芳醇な香りが漂っていた。