熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 

「花、ほんとに大丈夫? ほんとはすごく痛いんじゃない?」


 再びちょう助に声をかけられ、ハッとして顔を上げた花は慌てて顔に笑顔を浮かべた。


「う、ううん! ごめんね、ほんとに大丈夫! ただちょっと、色々考え事をしちゃって……」

「考え事?」

「……うん。実は傘姫から、傘姫の事情を聞いたの。それでちょっと、色々考えちゃって……」


 本当は、傘姫のことだけではない。

 八雲から聞いた八雲の幼い頃の話にも、花は胸を傷めずにはいられなかった。


「それで色々考えたら、前にちょう助くんが言ってた言葉を思い出したんだ」

「俺が言ってた言葉?」

「うん……。人って、すごく自分勝手な生き物だ、って。改めて考えたら、その通りだよなぁとか思っちゃった」


 再び苦笑いを溢した花は、視線を足元へと落として俯いた。

 人が嫌いだと言った八雲の淀みのない瞳が、目に焼き付いて離れない。


「ものにも心があるのに、人の都合で置き去りにされるなんて辛いよね。そう思ったら、ちょう助くんが人嫌いになるのも当然だよなぁ……なんて思って」


 ぽつりと花が呟くと、ちょう助は難しい顔をして視線を花の足元へと落とした。


「……うん。それは確かに、ちょっと前まで俺もそう思ってたし、今でも人が嫌いなことは変わらないけど、さ」


 けれど、そこまで言って不意に言葉を止めたちょう助は、穏やかな笑みを浮かべて花を下から静かに見上げた。


「でも俺、前に言ったじゃん。付喪神にも色々いるみたいに、人にもいろんなやつがいるんだ──って。それで、人は嫌いでも、花のことは嫌いじゃないって言っただろ?」

「ちょう助くん……」


 白い歯を見せて笑うちょう助の笑顔は子供らしいのに、大人びていた。

 百年以上を生きているのだから当然と言えば当然かもしれないが、今はその笑顔が眩しくて、何よりも輝いて見える。

 
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