熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「仮にもお前は今、俺の嫁候補なのだから、俺の父親の話を知らないというのは変だろう? だから、他の付喪神たちに聞かれる前に話せて良かった。これでひとつ、お前が俺の嫁候補として不審がられる心配が減ったな」
花が、八雲の嫁候補として──。
(……っ、なに、それ)
八雲の言葉と悪戯な笑みを受けた花は、心臓が大きな手にギュッと握られたような感覚に襲われた。
初めてここで出会ったときには、花をひとりで現世へと送り返そうとした八雲だ。
下手をしたら花は神隠しにあって、現世にも帰れず永遠に現世と常世の狭間を彷徨うことになっていたかもしれない。
虎之丞がやってくるときにも、仲居として悩む花を突っぱねて、軽くあしらった。
見てくれだけは良いが、常に人を見下しているいけ好かない男だと花は本気で思っていた。
たとえ嘘でも、八雲の嫁候補でいるなんて真っ平ごめんだ。
一年が経ったら、さっさと現世へ帰ろうと花は本気で思っていたが──。
「……っ、ズルいです」
「……ズルい?」
もう、これ以上ここにいたら、自分の心臓が持たない。
そう考えた花は、「なんでもないです、仕事のあとにすみませんでした」と言って逃げるように立ち上がった。