熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「そんなの、決まってるよ……っ」
グラグラと頼りなく揺れる心にひとつの答えが出たとき、花の声が涙で濡れた。
そうしてゆっくりと顔を上げた花は、頬を伝った涙を手のひらで静かにぬぐう。
「とにかく今は……薙光さんたちを、しっかりおもてなしすることを考えなきゃ」
静寂に包まれた廊下で、背筋を伸ばして息を吐く。
花の心は決まっていた。
花が仲居としてやらなければいけないことは、ひとつだった。
「よし……っ。気合い!」
雑念を振り払うかのように頭を振った花は、パン!と両手で自身の頬を叩いて立ち上がる。
どこまでも続いているようにも見える真っすぐな廊下に目を向ければ、自然と気持ちも前を向いた。
♨ ♨ ♨
「い、いよいよ、この日が来ましたね……!」
夜が段々と短くなり始めた、春真っ盛りの気持ちの良い朝だった。
今日はついに、薙光御一行様がつくもを訪れる日だ。
御一行様の到着予定時刻よりも随分前からつくもの玄関ホール前で待ち構えていた花は、落ち着かない様子であちこちを歩き回っていた。