熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「薙光、久しぶりよのぅ。元気そうで何よりじゃ」
「おお、ぽん太殿もお変わりなさそうで何よりだ。今日は久々に、よろしく頼む」
一歩前に出たぽん太に対して、男は中性的な顔立ちに似合わず快活な笑顔を見せる。
やはり、花の予感は的中していた。
浅葱色の羽織をまとった男が国宝の薙光だったのだ。
「黒桜も久しぶりだな。それで、そちらのものは──」
「は、はい! 申し遅れました。私、本日、仲居を務めさせていただきます、花と申します! どうぞよろしくお願いいたします!」
慌てて改めて頭を下げた花は、もう何度も口にした挨拶をしてから、御一行に向き直った。
「ほぅ……。人がここで仲居をしているとは珍しいな。まぁ良い、そなたも今日は、よろしく頼む」
そう言うと薙光は、花に向けて極上の笑みを浮かべる。
どうやら薙光は花が八雲の嫁候補であるとは知らない様子だった。
(そういえば薙光さんたち刀剣は、とあるブームのおかげで今すごく忙しいんだって黒桜さんも言ってたし……)
【巷で噂になっている八雲の嫁の話】とは、きっと無縁だったのだろう。
だとすれば、こちらから敢えてそれを聞くつもりもない花は、「よろしくお願いします」と、しらを切ることにした。