熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
 

(どうしよう……っ)


 やはりデザートバイキングなど、国宝の付喪神相手に用意するべきではなかったのかもしれない。

 今更そんなことを考えた花は、自分が余計な提案をしたせいでつくもや八雲に迷惑をかけることになると下を向きかけたが、


「──薙光殿、お呼びでしょうか」

「……っ!」


 不意に扉の向こうから聞こえた八雲の声に、弾かれたように顔を上げた。


「や、八雲、さん……?」


 思わず、花の口から声が漏れる。

 そんな花を一瞥した薙光は、ゆっくりと八雲が立っているであろう部屋の扉へと目を向けた。


「……八雲か。入れ」

「失礼いたします」


 いつからそこにいたのだろう。

 八雲は薙光の無機質な声を受けたあとすぐに、上品な所作で部屋の扉を開けると部屋の中に入ってきた。


「なんだ、俺が説明せずとも一部始終を見ていたという顔だな」


 薙光は八雲の顔を見るなり開口一番にそう言うと、フッと口端を上げて(あざけ)った。

 対して八雲は「申し訳ありません」と答えたあと、薙光の言葉を肯定するように瞼を下ろして口を噤んだ。


「まぁいい。見ていたなら話は早い。八雲、これはどういうことだ。名刀である我々に、女子(おなご)が好むスイーツを召し上がれとは、やはり馬鹿にしているとしか思えないのだが?」


 そう言った薙光は、今度は八雲へ鋭い視線を向けて答えを待った。

 ふたりのやり取りを見ていることしかできない花は、警告音のように不穏に鳴る心臓の音を聞きながら必死に足を踏ん張っていた。

  
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