エリート御曹司が花嫁にご指名です
「汐里」
「は、はいっ!」

 名前を読んだだけで、汐里はビクッと身体を揺らす。なにかがおかしい。俺に後ろめたいことでもあるのだろうか。

 以前の汐里はどんなときでも冷静で落ち着いていた。最近の汐里は以前と違っている。

「まだ答えは出ていないよな? 休暇なら好きなだけ取ればいい」

 気持ちを楽にさせてやりたくて、退職願の件を静かに持ち出した。

 汐里はピンと背筋を伸ばしたまま、まっすぐ前のテールランプを見つめている。

「その件は……」

 その件は? まだ辞めたいというのか? 休暇を好きなだけあげるというのに。

 俺の口から重いため息が無意識に出た。

「頑ななのはどうしてだ? 自分を見つめ直しに海外へ行くにしても、帰国後、職があれば気持ちは楽じゃないのか?」
「三ヵ月では、なんとも……」

 そこで汐里は沈黙してしまい、俺が当惑する番だった。

 なんとなく気まずい雰囲気が漂い、どちらも口を開かない時間が流れ、汐里の自宅前に到着した。

「ありがとうございました」と口にする汐里は、ホッと安堵したように窺える。

 そんなに俺から離れたいのか……。

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