俺と、甘いキスを。
「あの、右京さんに少し聞きたいことがあって」
花は俺の食べ終わった食器を片付けて、俺の向かいに腰を下ろす。
「昨日の話ですが、右京さんの脳の中には十年前から私が居座っていると言ってました。十年前といえば、私は入社一年目の頃です。その時から私を知っていたんですか」
彼女が首を傾げて聞いてきたので、俺は頷いた。
「十年前、じいさんは今の俺の研究室でものづくりをしていた。俺も大学やバイトの暇を見つけては、あそこでじいさんの手伝いをしていた。じいさんに研究所を出入りできる通行証まで作ってもらっていたんだ」
この話に、花は少し驚きながらも「そうだったんですか」と、眉を下げる。
「まあ、知らなくて当然だ。正門を通っても本館の前ではなく、来客用駐車場の方から回って研究室へ行っていたからな。それに、あそこがじいさんの研究室だったなんて知っていたのは柏原さんくらいだった」
「確かあの建物が右京さんの研究室になる前は……あっ」
と、花は思い出したようにあの二人の関係に気づいて、納得して首を上下に振る。その仕草が可愛くて、笑ってしまいそうになる。
「そう。あそこは柏原さん専用の研究室だった。表向きには、な。その時に俺はお前に会った。いや、見かけたと言った方が正しいか」
俺は大学が休みで、研究所のじいさんの所へ遊びに行ったことを思い出した。
『ちょうどいいところへ来た。これを柏原に渡してきてくれんかの。蒼士、もう少しで面白いものが出来上がるぞ』
機嫌の良いじいさんに頼まれて、俺は外に出た。
研究室へ戻る時、ベンチの横にある大きな桜の木の蕾が咲き始めていた。五分咲きといったところだろう。少し離れたところから見ていると、同じく桜を見ている人影に気づいた。その人は大きな封筒を抱えて、じっと立って見上げていた。
背の低そうな、自分より年上の女の人だ。