俺と、甘いキスを。



水曜日。
朝から曇り空の下、縁側で甘いキスを交わした花は、恥ずかしそうに笑って研究所へ出勤した。
花が研究室から持ち帰った服に着替える。多少汚れることを考えて、黒のトレーナーとスウェットだ。
一昨日、調子の悪い耕運機を見て必要な部品を花の父に頼んでおいた。それが今朝早く農協の職員が届けに来たらしい。
祖父の鳳菊之介の血を継いだせいだろうか。多くの工具類を見ると、自分の中の何かが漲ってくる。届いた箱の中を確認すると、俺は壊れた耕運機の前に膝をついた。


夕方、花の父と一緒に修理の終わった耕運機を庭へ動かしてエンジンの様子や他の不具合がないか確認している。花の父は調子の良さそうな耕運機に嬉しそうな顔をした。
「いつもは修理に出すんだ。費用もそれなりにかかることもあるから仕方ないと思っていたが、今回は右京さんがいてくれて助かったよ」

服は想定以上に汚れたが、それよりも耕運機の修理に夢中で「仕事」という枠を超えた作業の楽しさを改めて思い知った気がした。
「いえ。僕もまさかここで本格的な修理を手掛けるとは思いませんでした。今は達成感があって清々しいですよ。ちゃんと直せてよかったです」
俺たちはテンポよく鳴り響くエンジン音に耳を傾けていた。

日も落ちて、花の父が耕運機を納屋へ動かしているときだった。
「ただいま、右京さん」
と、聞き慣れた声に振り返る。紺色の上着姿の彼女に「おかえり」と微笑んだ。
「右京さん、顔が黒くなってますよ。服も泥だらけ」
と、花は笑う。
今日一日何事もなかったような彼女の微笑みを見たのも束の間、その後ろの人影に気がついた。

「はなっ」

俺はすぐに花へ腕を伸ばして、その小さな手を掴んで自分へ引っ張り抱き寄せた。
「え?」
何が起こったかわからない花は、引き寄せられたまま俺の後ろに隠れるような形になる。

星が見え始めた、薄暗くなった庭先に現れた人影が近づいてきた。
その姿に、息を飲んだ。
「……え」
花もその姿に驚いた。

「……峰岸さん」
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