俺と、甘いキスを。

「こんばんは、右京さん」

こちらの驚きと同じくらい、ショックを受けた峰岸真里奈が立っている。


彼女は俺の寝泊まりする部屋に案内されて、落ち着きなさそうに座っている。まるで臆病な小動物のようだ。
本当なら花も同席してもらうつもりだったが、
「夕飯の支度があるし、それに私がいない方が峰岸さんはいいと思うので」
と言われ、俺は峰岸真里奈と向き合う形で座った。

「峰岸さん、何故ここへ来たんですか。というか、何故、川畑さんの後をつけてきたんですか」
と、研究所バージョンの微笑みを顔に貼り付けて聞いた。
彼女は青白い顔色で言い放つ。
「右京さんこそ、どうして川畑さんの家にいるんですか。それにその格好、ここに住んでいるんですか。奥さんがいるのに、他の女と住んでいるんですかっ」
言葉で噛みついてくる彼女に、俺は落ち着いて首を振った。
「少し違いますね。川畑さんご一家は僕の看病をしてくれて、僕は体調が戻るまでお世話になっているんです」
「じゃあ、看病でお世話になっているというなら、私の家でもいいですよね?私が右京さんを看病します。私と一緒に帰りましょう」
と、峰岸真里奈は立ち上がる。

「気持ちはありがたいですが、川畑さんご家族のご好意に甘えているので、峰岸さんのところには行きません」
彼女を出来るだけ刺激しないように、静かに話す。
「どうして?どうして私じゃなくて川畑さんなの?私は……私は、右京さんのことが本当に好きで、愛人になってもいいって覚悟までしているのにっ」
今にも泣きそうな、感情が昂っている峰岸真里奈に、俺は小さくため息を吐いた。

彼女には、俺にとっての「川畑花」という存在を話してもいいかもしれないと思った。そして、この女から聞き出さないといけないことがある。
「峰岸さん、少し僕のことを話しましょうか。僕と川畑さん、花のことについて、です。そんなに興奮していたら、可愛い顔が台無しです。落ち着きましょう」
俺は花とは十年前からの繋がりがあり好意を寄せていたことや、ある事情から椿マリエと結婚したことを話した。

「自分の気持ちとは逆に僕は既婚者になったけど、今も、これからも花を大事にして彼女の家族も大切だと思っています」

しんっ、と静まる部屋で、峰岸真里奈は俯き加減に聞いていた。
俺は最後に、
「だから、はっきりと言っておきます。峰岸さん、あなたに恋愛感情を持つことはありません」
そう。言い切ったはずだった。
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