俺と、甘いキスを。


俺は性格的に石橋を叩いて渡る程、用心深い男じゃない。
研究にしても時には思い切りが肝心な時もあるし、幾度となく失敗することもある。あの研究室にいる「ガード」だって仕事の合間に少しづつ作り続け、あそこまでに二年かかった。周りにはあれで完成品だと思われているが、まだまだ改良の余地のある試作品だ。
兄貴と違って俺は要領が良い人間じゃないので、重要なことは念には念を入れなくてはならないのだ。特に今回のことは失敗が出来ないだけに、自分に落ち度がないか何度も頭の中で確認している。
こんな自分を花が知ったら、きっと格好悪いと思われるだろう。


念には念を。

花の両親と昼食を共にする。彼らと一緒に食生活を送るおかげで、普段通りの食事ができるようになった。
「食欲も体調も良くなって、本当によかったわ」
「これもおじさん、おばさん、そして花さんのおかげです。どんなお礼をしても足りないくらいです」
「花もきっと「世話をした甲斐があった」と喜ぶわね」
花の母は声のトーンを高くして、嬉しそうに肉味噌を添えたふろふき大根を口にする。

もうほとんど、いつもと変わらない体調。生活を元に戻せば、体力も自然と戻るだろう。
「おじさん、おばさん」
二人は俺に顔を向ける。
俺はこの家でお世話になったこと、迷惑をかけたこと、心から感謝していることを言葉にした。
「僕は明日、お暇させて頂こうと思います。看病してくれた花さんにも挨拶をすることが筋ですが、僕はまた彼女に甘えてしまうと思います。明日、花さんが出勤するまで、このことは内緒でお願いします」

頭を下げる俺に、花の母の寂しそうな声がした。
「明日なんて急に……明日、右京さんがいなくなったことを花が知ったら、あの子悲しむんじゃないかしら」
その横で、花の父が静かに箸を置いた。
「花も大人だ。自分の気持ちがはっきりしても、自分のやるべきことはわかっているはずだ」
そう言って、縁側の向こうに広がる庭を見つめた。
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