俺と、甘いキスを。

久しぶりに会話らしい会話ができて懐かしい気持ちになるかと思いきや、あれもこれも上から目線的な態度に囲まれてそれどころではない。
それ以前に、私はこの人に五年も想いを寄せ、ついこの前諦めようと大泣きしたというのに、その気も知らない相手がいきなり私の中へ攻め込んできたことに、戸惑いが隠せない。

涼しい顔をする右京蒼士に、しかめっ面の私。

ここへ何しに来たのか忘れてしまっている私を余所に、離れた所からクスクスと笑い声が聞こえた。

スタイリッシュなワークチェアに座り、手を軽く口に当てて、こちらを見ながら笑っている男。少し赤みのある茶髪をふんわりと揺らし、優しそうな目元でこちらを見ている。

「研究所に、こんなに仲のいい女性がいるんだね。蒼士」

右京蒼士より声が低く、穏やかでゆったりした話し方の男性。目元を見て「あれ?」と、再び目の前の男を見上げた。

「兄だ」
と、面倒そうに呟く。
ハッと気がついて、微笑む男に慌てて深く頭を下げた。
「しっ、失礼いたしました…右京専務!」

──二人の目元が似ていることを、早く気づけばよかった!
本社から来た重役相手に「やってしまった」と、内心自己嫌悪で凹んでしまった。
専務である右京誠司はニコニコと機嫌良く「気にしないで」と、流してくれた。

右京専務は、立ち上がると近づいて、私の首に掛けたばかりの社員証を覗き込む。
「川畑…ああ、君が」
と、言いかけて「うん、うん」と頷いた。

「蒼士に話ができたし、そろそろ行くよ。川畑さんも、邪魔したね」
右京専務はふんわりと笑い、切れ長の目を細めた。
私は緊張したまま首を横に振って「いいえっ、まったく大丈夫です!」と、変な答え方をしていた。
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