俺と、甘いキスを。
右京専務が去ってから、右京蒼士と二人きりになり急に居心地が悪くなってしまった。
部屋の隅のミニキッチンで、コーヒーメーカーのコーヒーをカップに注ぐ後ろ姿に声をかけた。
「右京さん。私を呼んだ理由というのは…」
「ここでは二人だけだ。敬語は必要ない」
言い終わらないうちに遮られた言葉に、私はついムキになってしまった。
「今は勤務中です。前にも言うつもりでしたが、右京さんにタメ口を使う理由が、私にはわかりません」
自分がどんな顔をしているのか、コーヒーを飲みながら私を見ている彼にとっては、きっと気に入らない顔をしているのだろう。
コーヒーをデスクに置いた右京蒼士が「なるほど」と呟く。
「公私混合をしない心構えは感心する。じゃあ、勤務時間以外はタメ口で話そう。敬語を使ったらペナルティだ。どうだ?」
なんだ、そんなことくらいなら。
今まで勤務時間以外で右京蒼士と会ったことは、自販機で会った五年前以来ないはずだ。同じ研究所で働く仲間、それ以外の接点はないので、私が彼にタメ口を使うことはないだろう。
私は「わかりました」と返事をした。
右京蒼士はフッと口角を僅かに上げた。
「契約成立だ。では川畑さん、呼び出して申し訳ないが、先週の出張精算書を事務長に渡してください。少し説明書きの部分があるので確認して欲しい、と伝えてくれませんか」
そう言って、書類のファイルを私に差し出した。その顔は周りの同僚や上司に向ける、私にとっては嘘くさい微笑みだった。
これは仕事だ、と割り切って「了解しました」と受け取った。