俺と、甘いキスを。

彼女の憎らしさを込めた瞳は右京蒼士に向く。
「蒼士は優しいけど、アタシを好きじゃなかった。男友達を作ってヤキモチを妬かせようとしたけど、ダメだった。好き勝手な生活をして心配させようとしたけど、連絡さえくれなかった。気がつけば、蒼士はアタシが日本にいないことをいいことに……好きな女の人を作っていた」

その瞳が、今度は私の方へ向いた。整った顔が眉尻を上げて、目の下を黒くして歪んで怒気を漂わせている。
「アンタさえ、いなければ……」
と、その体がどんどん私へ近づいてきた。
一瞬のことだった。椿マリエは私の結い上げた髪をグッと掴んで思いっきり引っ張りあげた。
「いっ……!」
頭の痛みに腕を上げようとしたが、着物のせいで上手く腕が上がらない。
すぐに右京蒼士がやって来て、「やめろ」と言って彼女の腕を掴んで私から引き離した。

「いやっ。はなして、蒼士っ」
暴れる椿マリエを右京蒼士が押さえつけているが、私の隣に母が寄り添い、私の前には椿マリエの行動に一歩出遅れた兄が立った。兄の大きな背中が盾になり、二人がどうなっているのかこの位置からは見えない。

「クリスマス休暇のあの日、イタリアで心身ともに疲れて帰国して蒼士に会えたことが、すごく嬉しかったの。蒼士がアタシを求めてくれたとが、すごく幸せだったの。だから……」
「酔っ払った俺をホテルに連れ込んだことが、幸せだったのか」
「私と何度も抱き合ったこと、忘れたの?」
「その部分を覚えていない俺は、一生の不覚だと思っているよ」

そんなやり取りの会話が聞こえ、右京蒼士が椿マリエの腕を引いてテーブルの反対側の席に移動したのが見えた。彼女は右京誠司と三条美月の間に座らせた。

右京蒼士は言った。
「離婚の際にはっきりさせたいことは、俺と椿マリエが結婚した経緯とその真実です」
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