俺と、甘いキスを。

そんな私の気持ちも知らない右京蒼士は、腕を組んでじっと私を見ている。
私の何かを詮索している。彼の切れ長の目が鋭さを増す。
「まあ、俺も事務長にああ言った手前だ。仕事に集中している時に頻繁に出入りされるのは好きじゃない。が、適度な片付けは頼みたいと思っている」
どこか言葉を選んでいるような言い方だった。
少し申し訳なさそうな意味も含んでいるかもしれないが、「優しくしちゃダメだ」と、自分に言い聞かせる。

組んでいた腕を解き、凛と、それでいて背筋を伸ばしたスマートな立ち姿に、ドキリと胸が高鳴る。切れ長の目、鼻筋の通った美しい顔に見つめられたら、誰だって動揺しないわけがない。

──ダメだ、ダメだ。

右京蒼士は近づいて、私の肩をグッと掴み力を入れる。覗き込んできた顔は、お互いの鼻先が触れるくらいの近さだ。
ビックリして声の出ない私に、彼は言った。


「俺から逃げられると思うなよ」


まるで野獣に狙われた小動物のように、ただ、震えて見つめ返すしかなかった。


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