俺と、甘いキスを。
研究室自体は広い。大きなデスクに何台ものパソコンやOA機器、そして三台のプリンターが置かれている。壁一面には書類棚と本棚が貼り付けられているように並ぶ。座り心地の良さそうな四脚のワークチェア、部屋の隅にはミニキッチンと冷蔵庫、電子レンジの置かれた食器棚。コーヒーメーカーがあるカウンター。それらがぐるりと囲む中央には、四角の大きなテーブルがあり、製作途中らしき箱型の「何か」といくつかのコードや部品と工具類が並んでいた。
しかしパソコンの横に積まれたファイルや書類のビル群は今にも崩れそうだし、ワークチェアの背もたれにはシャツや白衣が何枚も重なってかけてある。壁際には大きなゴミ袋が何個かあり、床から積み上げられた雑誌類はちょっとした高層ビルだ。
テーブルの空いたスペースには、見覚えのあるコーヒーの空き缶やカップ麺の容器が何個も並ぶ。ミニキッチンに視線を移せば、シンクからカップの持ち手が見えた。
「……」
彼は本当に「仕事だけ」していたらしい。
先程の右京蒼士と事務長の話を思い出し、私は自分に歯止めをかけるために口を開いた。
「事務長からは右京さんの事務的なサポートをするように、と聞いています。書類の片付けや事務全般の仕事についてはお手伝いさせてもらいますが、掃除や洗いものは業務の範囲とは言い難いと思います」
自主的に彼の身の回りの世話をするなら簡単だ。
しかし五年も好きだったこの人を、あれだけ泣いて「好き」という気持ちに蓋をしたのに、業務以外の世話を始めたら再度気持ちが疼いてしまうではないか。五年という「好き」の重さに耐えかねて、蓋なんかすぐに開いてしまうだろう。