俺と、甘いキスを。

切れ長の瞳が、目尻が少し下がって優しく笑う。
「目、閉じて」
囁かれて再び塞がれた唇に、私は躊躇いながらも目を閉じた。

何故、右京蒼士とキスをしているのだろう。
私は空気に流される程、軽い女じゃなかったはずなのに。

別にお互い抱き合って愛のある熱いキスをしているわけじゃない。ただ片手で顎を軽く持ち上げられて、唇を重ねているだけのキス。
少しだけ悔しいと思ったのは、私が彼のもう片方の白衣の袖口を、無意識にキュッと握りしめていたことだった。

峰岸真里奈に対する淀みが、キスの衝撃で霞んでいく。

唇が離れたと同時に、すぐに後ずさりして彼との距離を作った。手の甲で唇を拭う。

「どうして…」

きっと苦々しい顔をしているであろう私に、右京蒼士は白衣のポケットに手を突っ込んで涼しい顔を向ける。
「お前のこと、知りたくなった」
「は?」
言っている意味がわからない。
──知りたくなったから、キスしたっていうの?

「右京さんは既婚者なんですよ。何をしたか、わかっています?」

彼は思い出したように「ああ」と、間の抜けた声を出した。
「そういえば、俺、既婚者だった」
「……は?」
私は眉を潜めた。
それでも彼は何もなかったとばかりに、飄々とした態度だ。
「俺のことはいいから。午後からは研究室に来てくれ。仕事を頼みたい」
そう言って階段を下りていった。

軽く頭が混乱している。
──結婚しているのに、私とキスするってどういうこと?

そして、あの言葉。
自分が結婚していることを忘れていた言い方。

「…どういうことよ」

ミステリアスなのは、右京蒼士じゃないか。

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