俺と、甘いキスを。

パチン、パチン。
資料のホチキス止めをしている隣で、黙々とパソコンで何やら入力している研究室の主。
ここへやってきた時、何も考えずにドアを開けそうになり、鍵がかかっていることを思い出した。
ドアのガラス越しに社員証を「ガード」に向けて見せると、「彼」は小さなキャタピラを動かして近づいてくる。そして円柱の胴体から割箸くらいの細い腕が伸びてきて、ドアの鍵を解いてくれたのだ。
素直に「スゴい」と思い、ドアを開けて「ガードありがとう」と言おうと思えば、
「ハナ、ハヤクハイレ」
と、聞き覚えのあるセリフに、その気も失せてしまった。

部屋に入るなり、早々に右京蒼士から仕事の内容をあれこれ言われて今に至る。
これは打ち合わせに使用する資料をプリントアウトして、一部ずつセットしてホチキス止めをしている。これが終われば、去年のデータのリストを今年のバージョンにしたいらしく、リストの修正を頼まれている。

ホチキス止めをしながら、隣の主のパソコン画面をチラリと見た。
「……」
何かのプログラムのようだが、サッパリわからない。

「これが気になるのか」

その声に、自分が画面をじっくり見ていたことに気づく。慌てて「す、すみません」と謝る。
研究者の集中力を削ぐようなことをしてはいけない。わかっていたことなのに、凹んでしまう。

右京蒼士が仕事をする姿は初めて見たかもしれない。
彼がまだ柏原研究室にいた頃、私は何度か伺ったことがある。しかし当時の彼が何をやっていたかなど、私が表面だけの彼に陶酔していたため、彼の研究について知る余裕など全くなかった。
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