俺と、甘いキスを。
──これが、私が五年間好きになった人なのだ。
結婚している、大好きな人。
忘れなくてはいけない、大好きな人。
私の中で堂々と言えるのは、
「この人を好きになったことは、間違いじゃなかった」
と、いうことだ。
世間的に間違いだったとしても、心の中に留めておくことは許して欲しい。
「…っ、ひっく…」
しゃくりあげたことで、自分が泣いていることに気づいた。
「泣くな、花」
涙でボロボロの頬をそっと拭う彼の指先は、どこまでも優しい。
お昼休みが終わり、事務所に戻る。
『事務所にいるのが辛いなら、ここへ来い。仕事はいくらでもあるからな』
右京蒼士に言われて研究室を送り出されたが、事務所の仕事はたくさんある。
彼の励ましを胸に、自分のデスクでファイルを取り出して、午後の業務を始めた。
来週の研究所の日程を確認する。
来週はオオトリグループの会長が視察のために来社する予定だ。
このオオトリ技術開発研究所を含む、世界に名の知れたオオトリ電機、オオトリ重工、オオトリ産業システムの一流企業の頂点に立つ人物。
鳳 菊之介。
御年八十を超えたお年でありながら会長という現役を立派に務め、まだ現在も趣味程度となったが簡単な機械で玩具を作っているという人だ。若い頃は洗濯機や冷蔵庫を製造する開発の仕事をしていたそうだから、技術職だった人が経営を学び社長となり、会長となったのだろう。
社内報で会長の顔を拝見することはあったが、実際にお会いするのは初めてだと思う。
白髪を左右に分けて整え、口をへの字に曲げた不機嫌そうな顔の写真だったと記憶している。
右京誠司、蒼士の兄弟は鳳会長の次女の子供たちだ。鳳一族は女系家族だということは、世間一般に知られた情報だ。
右京蒼士の御祖父様。
ただ、会ってみたいと思った。