俺と、甘いキスを。


今日は、朝から冷たい雨が降っていた。
昨日の夕食は唐揚げを作った。冷蔵庫の鶏肉を全部使ったせいで大量の唐揚げができ上がったのだ。なので、今日の私のお弁当も両親の昼食も唐揚げである。美味しくできたので不満はない。
私のランチバッグにはもう一つ、唐揚げの入ったお弁当箱がある。おにぎりも二つ入っているので、ランチバッグはパンパンに膨らんでいる。

先日、私のお弁当のコロッケを食べる、目尻の下がった右京蒼士の顔を思い出し、小さいタッパーだが唐揚げのお裾分けをしようと用意した。
既婚者の男性にお弁当など、不謹慎なのは承知の上だ。彼に渡せなければ、私が食べればいいのだ。

正門を通り、事務所のある本館までの雨が降っては弾くアスファルトを、とぼとぼと歩いていた。
ここ数日、右京蒼士は研究所にいても忙しいらしく見かけていない。事務仕事の依頼もないので会っていないのだ。
──今日は会えるだろうか。

そんなことを、ぼんやりと思っていたときだった。

ドンッ!

突然の後ろからの強い衝撃で前へ押された。躓いて転びそうになる。
「…っ」
傘が転がり、地面に片手が着いて転ぶことは免れた。

「ごめんなさい」

通り過ぎざまに、傘をさして小走りに振り向いて謝る人は、大きな鞄を持っていた。
長い黒髪を揺らした原田京華だった。彼女は急いでいるようで、ヒールの高いパンプスで器用に走っていった。


私は立ち止まったまま、原田京華にぶつかった時にあの大きな鞄に当たって手放してしまった、地面に投げ出されたランチバッグからはみ出して蓋の開いてしまったタッパーを見つめていた。

雨ですっかり濡れた唐揚げを、ただ眺めた。



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