俺と、甘いキスを。

右京蒼士の提案で、ここに泊まることになった。「帰りたい」と言ってはみたものの、
「今日は一緒にいたい」
と、熱っぽい眼差しで言われてしまうと、私も自分の気持ちに嘘は吐けなかった。

スマホを手に、自宅に電話する。
「右足を捻挫して、友達が泊めてくれることになった」と、電話にでた母に説明した。「迎えに行くわ」と言ってくれたが、高齢者の夜の運転は危ない。
「心配しないで、明日帰るから」
と、納得させて通話を切る。
私の家族は心配症だ。両親は私に万が一のことがあっても、すぐに動けないことを歯痒く思っている。だから最近になって、いつも私に「周りに注意するように」と言う。

故に、「友達が泊めてくれる」なんて嘘を言ったことが心苦しかった。


飲み干したマグカップをミニキッチンで洗おうと、立ち上がってみる。
「いったぁーいぃ…」
と、ズキズキする右足は力が入らない。
ミニキッチンのある研究室はこの部屋のすぐ隣なのに。
この部屋の奥には洗面所、洗濯機、シャワールームまで完備されている。普通に生活できることに驚く。

「花、軽く晩メシにっ…て、歩くなよ」
部屋に顔を出した右京蒼士は、立っている私を見て眉を寄せる。
私はマグカップをクイッと持ち上げて、
「これを洗おうと思って」
と苦笑した。

「今日は歩くな。動きたいなら、俺を呼べ」
と言って私をガッチリ支えると、膝の裏に腕を回してヒョイと持ち上げた。
「?!ひゃあっ?!」
色気も可愛さもない、素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。
体が浮き上がり横抱きにされた顔の近さは、ある意味唇を重ねるよりも恥ずかしいかもしれない。

それよりも。
「私、すっごく重いんですけどっ!!」
自分でも情けない声だと思う。
こんなことになるなら、しっかりダイエットしておけばよかった…。

「何故、泣きそうな顔をしている?お前は俺を頼っていればいいんだよ」
と言われ、お姫様抱っこされたまま歩き出した。

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