俺と、甘いキスを。
それは、お昼休みにはまだ少し早い時間だった。
「どうして会えないの?」
そんな女性の声が事務所内に聞こえた。
私を含め、仕事をしているみんなが受付へ顔を向ける。
「身内が、妻が会いに来てるのに、どうして断られるのよ?」
と、今度は感情的な声がする。
今、事務長は会長の会議に出席しているため、代理のような立場にある経理主任の男性が困惑顔で受付へ向かった。
その後ろ姿を見送っていると、再び内線番号45からの呼び出しが鳴った。
『花、A4のコピー用紙が欲しい。一包みあるか?』
「ありますよ」
『じゃあ、取りに行く』
「え、今から…あっ」
右京蒼士は急いでいるのか、返事を言い終わらないうちに通話を切ってしまった。
──もう、いつも突然なんだから。
私はコピー用紙を取りに、三階の備品保管庫へ行こうと席を立つ。
受付を通り過ぎようとしたときだ。受付嬢の峰岸真里奈は隣に立つ主任と一緒に、そのスタイリッシュのモデルのような女性と話していた。主任はどこかに電話をして、その間に真里奈が女性の対応をしている。
「ですから、いくらお身内であっても、本人の承諾がないとご案内致しかねます。ご了承いただきたいと申し上げておりますが…」
「身内なのに、電話が通じないから帰れというの?アタシは主人に用事があって、わざわざこんなところまで来たのにっ」
鉄壁のような真里奈の対応にも関わらず、女性も食い下がっている。
真里奈は一瞬だけ私へ視線を寄越したが、すぐに視線は戻された。
「マリエ?」
本館の玄関から入ってきた、白衣姿の右京蒼士が目を丸くして立っていた。