俺と、甘いキスを。

主任はホッとした顔で、
「右京くん、携帯の電源は入れておいてくれないと」
と注意を言っているところで、女性はヒールの音をカンカンと響かせて、右京蒼士へ飛びついていった。

「蒼士、来ちゃった!」

勢いよく抱きつかれた彼は、一歩下がって女性を抱きとめる。
「いつ、帰ってきたんだ?」
「昨日よ。蒼士、「おかえり」って言ってよ」
少し驚いている右京蒼士に、女性は甘えた声で両腕を彼の首に回して見上げる。
まるでキスを迫るようなシチュエーションだ。

腰まで伸びたブロンドヘアの巻き髪が揺れる。白い肌、化粧映えする顔立ち、大きな瞳、ぽってりとした真っ赤な唇。ベージュに黒のラインの入ったワンピースにクリーム色のダウンジャケットを着ている。
大きな胸、くびれたウエスト、長い足、折れそうに細い足首。

イタリアで活躍中の人気デザイナー。
右京蒼士の妻。

椿 マリエ。

彼女は振り向いて私たちを見て、「フフッ」と綺麗な顔で微笑んだ。そして、右京蒼士を見上げた。
「でも、ここの受付酷いのよ。「妻だから会わせてくれ」って頼んでも「承諾がないとダメだ」って言われたのよ。アタシが蒼士の妻だってことくらい、みんな知ってるはずなのにっ」
と、興奮気味に言う椿マリエに、彼は静かに言った。
「ここは研究所であり会社なんだから当たり前のことなんだ。昨日イタリアから帰ってきたのなら、連絡してくれたら時間を作ったのに」

反対に椿マリエのテンションは高いようだ。
「日本には昨日の夜着いたのよ。ホテルに着いたら疲れてそのまま寝ちゃったの。それに、ここに来たらすぐに会えると思ったのよ。ね、時間ある?話したいことがあるの」
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