シンフォニー ~樹

帰宅する樹の前を、絵里加が 歩いていく。
 
「姫。どこに行くの?」樹は声をかける。
 
「ああ、タッ君。ちょうど良かった。ママが そら豆のスープ作ったから。届けるところだよ。」


振向いた絵里加は、鮮やかな笑顔で 樹に言う。

可愛い顔に 艶めいた恥じらいが増していて 樹は苦笑してしまう。


手にしていた赤い鍋を 受取ろうとすると、絵里加は 優しく首を振る。
 

「大丈夫。絵里加が持っていくよ。」

スーツ姿で ビジネスバッグを持っている樹に 鍋を渡さない 絵里加の優しさ。
 

「旅行、楽しかった?」

家までの数百メートル、並んで歩きながら 樹が聞く。
 
「うん。とっても。」少し照れて言う。
 
「パパが泣いていたよ、寂しいって。」

絵里加が可愛くて、樹は苛めてしまう。
 

「本当はね、絵里加も ちょっと寂しいの。」

樹を見上げて、そっと言う絵里加。

その素直な瞳に 樹の心は、大きく揺れる。
 


「この、幸せ者。」

樹は明るく 絵里加の頭を小突く。

優しいお兄さんのまま。
 

「タッ君、ひどーい。」

無邪気に 笑い返す絵里加。


多分、絵里加の言葉は本心。

子供から大人になる寂しさ。


自分から求めた道だから 誰にも言えずにいる絵里加。
 

「ずっとケンケンと居れば、寂しくないのにな。」

優しく言うと 甘く頷く。


どうして従兄妹なのだろう。


何度も繰り返した 苦い思いが 樹の胸を叩く。
 


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