松菱くんのご執心
「そんなわけないじゃない。
でも、この時期になって顔も見た事がないってなったら、私の隣の席の子かなって思ったわけ」
そこで言葉を切って、卵焼きを口に放り込む。だしの効いた風味が口の中に広がった。
「なるほどな」
「なんで今まで学校に来なかったの?」
「そんなん、なんとなくだよ。立派な理由なんてない。来たくなかったから、行かなかっただけ」
「そっか」
「お前も見ただろ、皆、俺を怖がってた。まあ、それと同じくらい、みかさが心配されてたけどな」
口元に手を当ててくすくすと笑う松菱くん。
そういう表情出来るんだから、普段表に出さないのは勿体ないなと思った。
笑うと目尻にシワがすっと寄って、優しく見えるのに。
「松菱くんが怖い顔して教室に入ってくるからでしょ。今みたいに笑えるんだから、もっと肩の力抜いてみたら?」
「は?」
「だから、今みたいに自然に………」
「いや、ちょっと待て。今って、俺………笑ってたか?」
訝しげに、わたしに視線を投げた。
俺はそう簡単には笑わないぞ、と困惑しているようでもあった。
「うん。さっきから、ちょくちょく笑ってるよ松菱くん」
「ああ、へえ、そっか。………俺も笑えるんだな」と和やかに松菱くんが言った。