松菱くんのご執心
「こいつだけは駄目だって、みかさ。ほんとに心配したんだから」
爽はわたしの腕を引いて立ち上がらせた。
「何もされてない? 怪我とか、やましいこととか」
「ちょっと待ってよ、何もされてないし、どうしたのか聞きたいのはこっちだよ」
「ただ、心配なだけだ。このケダモノに何かされたんじゃないかって」
爽が松菱くんを睨みつけるように見る。
いつも、にこにこと愛想の良い爽の態度に驚く。
いくら不良だからといって、松菱くんは無闇に人を傷つけるとも思えないし、
爽が躍起になる理由もいまいち分からない。尚も爽は松菱くんに食ってかかる。
「みかさに、ちょっかい出さないでもらっていいかな」
「なんで? クラスメイトと仲良くして何が悪いんだよ」と松菱くん。
「みかさに構わないでやってくれ」
爽が声を低くする。
「そういう事だから、他を当たって」
「なんでそんな言い方するの」わたしが口を挟む。
いつも、「みかさはどうする?」とわたしに聞いてくる爽が、
突っぱねるようにわたしを松菱くんから引き剥がす。
「いいから、行くよ」
「ちょ、ちょっと!」
爽に腕を引かれ屋上を後にする。
掴まれた手が痛い。わたしの歩幅に合わせる余裕もないのが分かる。
爽は何をそんなに焦ってるの?
なんで松菱くんと居たらだめなの?
「ねえ」
わたしは言う。
「ねえってば」
突然、爽が足を止めた。
そして、振り返りって言う。「ごめん、早く歩きすぎたね。どうしたの?」
完璧で綺麗すぎる爽の笑みに、ゾッと肩が震えた。怒った顔を隠すための笑みほど怖いものは無い。