上司は優しい幼なじみ
口元に手の甲を当て、何か深く考え込んでいる。
眉間に皺が寄っており、その表情に、あの出来事が重なった。

私が非常階段で勢いのまま告白した、あの時も、たっくんは困ったような顔をしていた。

私には理解できなかった。

私の気持ちには応えられないって、きっぱりと断られたのにも関わらず、どうしてキスしたの?

たっくんはまだ山本さんを好きなはずなのに、どうしてそんなことしたの?

「…どうして」

「…」

何も答えてくれない彼にだんだんと苛立ちが募る。
体の中心が熱くなっていくのが自分でもわかった。

窓の外を見ると、そこは見慣れた景色、見慣れた建物。
いつの間にか私のアパートに到着していたようだった。

助手席から降りて、前から周り運転席のドアを開く。
たっくんの腕をつかんで、シートベルトを外して強引におろさせた。

「ちょっ、陽菜!?」

「一回うち、来てほしい。話したい」

真剣なまなざしを彼に向けると、何も言わず車のキーを抜き、私のうしろをついてくる。

玄関に入ったところで、たっくんの両腕をしっかりとつかんで見上げた。


「どういうことか、きちんと説明してほしいよ…」

私を見下ろすその目には、自分の姿が映っている。

「…俺だって、好きだよ」

う…そ。だって、私はフラれたんだよ?
だからまずはたっくんの視界に入りたくて、釣り合う女性になりたくて、仕事に精力を注ごうって、そう決めたんだ。
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