上司は優しい幼なじみ
来た時よりも人がかなり増えた様子。
たっくんはさりげなく私の手を掴もうとしたが、人波に呑まれ、その距離がどんどん開いてしまった。

「た、たっくん」

すると反対側から手首を掴まれ、道端に引き込まれた。
視界が一気に広がり、掴んだその主の顔が目に入る。

「オネェサン、クリ、アルヨ」

見た目はアジア系だけど、片言。そしてここは中華街。
多分、中国人の男性だ。

「えっと…大丈夫です」

よく見ると、ここは栗屋台のよう。
’中華街は栗の押し売りに注意!’ってネットに書いてあったっけ…
すっかり忘れていた。

「オイシイヨ、アジミ、アジミシヨ」

男性は袋にたっぷり栗を入れ、私の胸元に突き出す。

「え、えっとぉ…」

困り果て、突き出された袋を手に持とうとした瞬間、それはすっと視界から消えた。
人影が私を覆い、栗の入った袋の代わりに広くて大きな背中が目に入る。

「結構ですので」

「た、たっくん…」

問答無用に男性の手元に突き返された袋。
一瞬の出来ことをぼーっと眺めていると、「行こう」とたっくんが私の手を引いた。

「ありがと…」

しばらく歩いたところで脇道に逸れ、たっくんは私と向き合う態勢をとる。
眉を顰め、困ったように口を開いた。

「ああいうのは受け取ったら最後。買わされるから。わかった?」

「は、はい…」

肩をすぼめると、頭にふわりと温かい感触。
たっくんの大きな手が私の頭を包んでいた。
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