Your Princess
第2章 私が私を嫌いな理由
蘭の家に嫁いで早一週間。
蘭の顔をほとんど見ていない。
私としては、アイツの顔を見ないのは良いことだけど。
嫁いだ以上、ソレってどうなのだろうかと考える。
むしろ、この一週間。
蘭よりもライト先生と一緒にいる時間があまりにも多い。

私には、日常とか、フツーというものがわからない。
だから、自分の日常というのが果たして正しいのかオカシイのかどうかもわからない。
貴族としての、生活がこれで当てはまっているのか。
どうなのか。
蘭に言われるがまま動いているだけ。

朝、起床して。
サクラさんに手伝ってもらって身支度をして。
朝食を食べに食堂へ行く。
シュロさんに顔のことで変な顔をされるのが嫌なので。
一度、サクラさんに「部屋で食べちゃ駄目?」と訊いたら。
「よっぽどのことがない限りは駄目ね。蘭にぶっ飛ばされるから」
と恐ろしい表情で言われた。
蘭は、綺麗好きらしい。
部屋で食事をすることが許せない性分なのだ。
仕方ないので、毎日食堂でご飯を食べるわけだけど。
食堂の壁にサクラさんが注意書きを貼り付けてくれた。
「蘭の奥さんはカレン。顔のことは何も言わない!」
目立つ注意書きのお陰で。
シュロさんに何かを言われることはなくなったけど。
アレはアレで恥ずかしい。
もし、お客さんが見たらどうするんだろう? どう説明するんだろう?

朝食を終えて、少し休憩した後。
ライト先生が来て授業が始まる。
ランチ休憩を挟んだ後。午後3時過ぎに終了。
その後は庭を散歩したり、勉強したり、読書したり…。
一日が終了。
週一度のマナー講座はライト先生とサクラさんが教えてくれる。
そして週一度の楽器練習はピアノとバイオリンなわけだけど。
これも何故かライト先生が教えてくれる。
ライト先生は何でも出来る人だ。

こうして、週一度のお休みは。
お昼寝をしたら、疲れてしまったのか夕方まで眠ってしまい。
だるい身体をおこして。
ふらふらと庭へ行くことにした。

重たく感じる扉を開けると。
すっと。冷たい風を顔に浴びる。
少し歩くとバラ園になっているのだけれど。
私はバラ園の先を行ったことがない。
渚くんやクリスさんは突如して現れて。
バラ園から先を通そうとしない。
恐らく、蘭に言われているんだろうな。

あの男の考えていることがわからない。
そりゃ私はこの見かけだから、ウロウロされて知らない人と鉢合わせしたら困るってことなのだろうけど。
私にだって好奇心はある。

色鮮やかなバラを眺めながら。
その先を進んでみたいと。
足を踏み入れようとした時だった。
ワン、ワン!

ビビの鳴き声がした。
「あーあ」という声が自分の口から零れ出た。
次の瞬間「ワン」と近くで鳴き声がしたかと思うと。
目の前にビビが現れて。
ピヨーンと私めがけてジャンプした。

驚いたというのと、ビビの重さで。
私はバランスを崩してその場に倒れこんだ。
「ワン!」
恐怖のあまり目を閉じると。
口元のフェイスベールを引っ張られる。
「お願いやめて」
願いは空しくビビは私のフェイスベールを引きちぎると。
ワンワンと鳴きながらどこかへ行ってしまう。

「お願い、返して」
立ち上がろうとしたけど。
身体が動かない。

「あれえ、カレン。大丈夫?」
ふと、頭上から声がして。
私は何も考えずに後ろ振り返った。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
自分でもビックリするくらい。
高い声、大声が出た。
私を見下ろしていたのは、渚くんとクリスさんだった。
2人はいつもどこから現れるんだろう。
さっきまで姿はなかったはずなのに。

私は震える足で。
2人のことなんかおかまいなしに。
屋敷へと走った。
後ろから「カレーン」と渚くんの声がしたけど。
そんなのどうだっていい。

急がなきゃ。
戻らなきゃ。

バタン。
乱暴にドアを閉めると。
私はベッドにもぐりこんで。
声をあげて泣いた。

素顔を見られた。
このキモチワルイ顔を見られた。
もう生きていけない。
ここでなんか。
生きていけない。
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