さよなら虎馬、ハートブレイク
「〝バカと煙は高いところが好き〟」
「………へっ?」
「…1、2年の時も凄かったんだから。制服のありとあらゆる所に集ってくるわけ、女子が。挙げ句の果てにズボンのボタンまで上級生にもがれてね。〝第二ボタン争奪戦〟っていうの、あいつはそれから逃げてるだけ。ビビリだから」
きょと、と目を丸くする私は、しかしその意味を今日に限って素早く理解する。そして相変わらずぶっきらぼうに見下ろしてくる安斎先輩にぺこっと頭を下げた。
「———ありがとうございます!」
「うぇっ!? ちょ、待ちなさいよ! 有愛希いいの!? 藤堂が」
「いーの! それよりみんなで写真撮ろー!」
走るたびびゅんびゅんと駆け抜ける風の音、頰をさらう冷たい風。
やがてそのどれもが自分の息遣いに融けて消えて、雨が降ってきたと思ったら泣いているのに気がついた。
ぐっと握った拳で震える足を叱咤して、渇いた喉はきゅっと唾を飲み込んで、はあ、はあ、って自分の呼吸の音だけが聞こえる中、階段を駆け上がると立ち入り禁止のテープを掻い潜る。
ドアノブに手を伸ばして、少しだけ躊躇った。でももう怯えることはない。思いっきりぐっと力を込めると世界中に広がる青。
屋上まで届く、狂い咲きした大きな桜樹が青空にはなびらを散らしている。その青と、儚い桃色のコントラストの中。柵に身を委ねていた、
藤堂先輩は顔を上げた。
息を切らして一歩。また、一歩と歩み寄り、震える拳をきゅっと結ぶ。私に気付いた先輩は一度驚いたように目を丸くして、でもすぐにやわらかく微笑んだ。
「———ご名答。よくこの場所がおわかりで」
「…馬鹿と煙は高いところが好きって、安斎先輩が」
「あの野郎。煙とイケメンの間違いだろ」
学生生活最後に、一度でいいから禁を侵してみたかった、と笑う彼は、もう答辞のときみたくかっちり制服を着こなしていなかった。いつも通り少し緩めたネクタイに、それでいて自分を取り繕うことをやめて下ろした前髪は、私が好きな本当の彼の姿を証明している。
「…良かったです」
「ん?」
「答辞。先輩、ちょっとはまともなことも言えるんですね」
「むふふ。だっろーん? あれ本来やる予定だった学級委員長が腹壊して臨時で駆り出されたからスマホでググったやつ光の速さで暗記したんだ」
「見損ないました」
「ごめん嘘です照れ隠しだろ」
全くもってこの男は、とむっとする。本気でちょっとうるっとした私の涙を返してほしい。
そんな中で歯を見せていつものように悪戯っぽく笑ってみせる屈託のない彼の。その気がかりは一つだけ。