本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~
勇気を絞り出して聞いたのに、返信はあっさりとしたもので…

「あぁ、依子は犬だよ。ばあちゃんが飼ってるポメラニアンの犬の名前」

と支配人が言った。

いぬ、犬…なのね。

「篠宮さんが依子みたいに目が丸くて可愛いねって話なの。一颯も依子も両思いだから、私の事を依子は牽制するのよ」

詳しく聞くと、よりこちゃんはポメラニアンのメスで、名前は漢字で書くらしく"依子"、実家のおばあさんが飼っているらしい。

たまに実家に帰ると依子ちゃんは支配人の側を離れずに、一緒に寝たりするらしい。

寝言で「おはよ、依子」って言った事も、依子ちゃんだと思って抱き寄せられた事も、話の一連を聞いたから納得出来た。

「私にとっては小憎たらしい犬でも、一颯には可愛いのよ。まぁ、見かけは本当に可愛くて、私以外には人懐っこいんだけどね。一颯の姉だって言うのに牽制するとは、一颯のしつけが悪い証拠!」

「怖いから近寄らないだけじゃないのか?」

「聞き捨てならないわね!」

姉弟の喧嘩は凄まじく、まるで小学生の喧嘩のようで見ている内に笑みがこぼれた。

「あははっ、仲が良いんですね!」

大人になっても仲の良い姉弟って良いなぁ。

「双子だからね、うちら」

「そ、そうなんですかっ!?凄い、初めて見た、姉弟の双子」

二人とも綺麗な顔をしているが、二卵性双生児だからか、そっくりではない。

性格も違うのではないか?

人懐っこく他人を取り込むのが上手で慕われている姉、信頼は厚いが仕事中は冷酷な態度故に恐れられている弟。

性格は違うがどちらもリーダー的存在なのは変わらない。

「店長、予約のお客様がいらっしゃいましたよー」
「はーい、今行くよー」

個室のドアを叩く音がして、他の美容師さんがお迎えに来た。

雑談をしている内に次の予約のお客様が来たらしく、店長さんに別れを告げ、会計を済ませて美容室を後にする。

「支配人ありがとうございました。こんなに綺麗にして頂けて嬉しいです」

「これで明日からは目下に見られなくて済むな。堂々としてろよ」

「はい」

そもそも他の従業員が私を目下に見ていたとは自分では気付かず、その事を面と向かって本人に伝える支配人の性格は決して良いとは言えないが、自らの手で変貌させようとするとは敬服です。
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