強引な副社長の婚前指南~偽りの極甘同居が始まります~
「恋人も好きな女性もいない。芳奈、今はおまえだけだ」

そう耳元でささやく言葉は、経験がない私にもわかるほど甘さを含んでいて。

このまま溶けてしまいそうなくらい耳が熱くてたまらない。今までのどの八雲さんとも違う艶を帯びた声に、心臓は異常事態発生中だ。

今は芳奈、おまえだけだ──。

これは夢か幻か。私の独りよがりな妄想ならよかったのに頬には鈍い痛みが残っていて、これは現実のことだと嫌でも知らされる。

今日は恋人の特訓だから、そう言ったまでのこと、他に深い意味はない。そんなことわかっているのに、初めて言われた言葉に『八雲さんが本当の恋人だったら』なんて勘違いしそうな自分がいる。

私ったら何バカなことを……。勘違いも甚だしい。

これは一種の気の迷い。経験値のない私には、八雲さんから与えられる行為はちょっと、いやかなり刺激が強すぎただけ。今日はあくまでも疑似デート。

恋人気分を体験して明日に備えるのが目的なんだから、スキルを身につけたらさらっと軽く聞き流さなきゃ。

バクバクする胸を押さえ、平常心を取り戻すよう大きく深呼吸をする。


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