桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

これが真実よ!

 牢に入れられた久遠はひんやりとした石床の上で、仰向けになって寝転んでいた。

 最高位の黒龍が幾重にもかけた術が施された牢からは、脱出などとても出来ない。

 焦りや不安などは一切無かった。

 久遠をどうするかについては、高天原の神々が会議でもして考えているのだろう。

 このまましばらく生かしておくか、なすりつけた罪を理由に殺してしまうか。

 そんなところだ。

 だが風の神である白龍・久遠はそう簡単に死んだりはしない。

 食事が与えられないので、弱る一方だが。

 清名があれほど唐突に殺されたのだから、同じように殺されても不思議ではない。

 現状を鑑みる以前に、久遠は牢の中でひたすらショックと向き合い続けている。

 手の中には、ふたつの龍の目。

 右手には、清名が見つけてくれた、紫色の龍の目。

 こちらは両親の死の真相と、人間世界で仕出かした濁名の悪事を教えてくれた。

 左手には、清名が死んだときに変化した、緑色の龍の目。

 清名の瞳の色だった薄茶色では無く、今はどこまでも澄んだ緑色に輝いている。

 緑色は清名の、魂の色なのかも知れない。

 清名の笑顔が今、見たい。

 喪失感に、押し潰されそうになる。

 心がカラカラに渇いており、涙すらまともに出て来ようとしない。

 理不尽だ。

 真実は酷い。

 もう永遠に会えない。

 二つの龍の目の姿が、ひりついた心を残酷なくらい、幾度も幾度も刺し貫く。

 もっと、出来る事があったのでは無いだろうか。

 清名が命を落とす前に…………

 無駄だと知りつつ、考えずにはいられない。

 呪いに似た怒りが、心の中で分厚い氷のような形になって生まれ変わる。


 ────最強神・深名。


 小さな虫を殺すくらいの簡単さで、深名は自身の甥にあたる清名を葬った。


 虐殺など日常茶飯事であり、手慣れたものなのだろう。


 久遠は自分に誓った。


 この命尽きるまで、決して、あんな奴のようになったりはしない。


 もし仮にそんな自分がいたとしても、表に現れる事を死ぬまで、許したりはしない。


「清名…………」


 失った友の名を、いつしか久遠は声に出していた。


『な~に? 久遠ちゃん』


 …………!!!


『あんまり思いつめるとね、アタマが禿げちゃうよ。久遠ちゃん』


 龍の目が喋った?!!


『アタシ、ちゃんとここにいるから。だからホラ、元気出して?』


「…………せ!!」
『シーッ! 気づかれる』


 久遠が閉じ込められた牢は桃螺の最下層、しかも長くて深い回廊の突き当りにある。

 何体もの不気味な黒龍が巡回し、久遠が逃げ出さないよう睨みをきかせている。

 眠っていた感情が急に呼び覚まされ、涙がこみ上げそうになる。

「…………清名、喋れるのか」

 今度は声を小さくして、久遠は緑色の龍の目に話しかけた。

『そうよ。泣かないで、久遠ちゃん。いきなり死んじゃって悪かったわね』

 緊迫感の無い清名の、いつもの話し方にホッとして、つい笑いがこみ上げた。

「悪かったのはこちらの方だ。何もできず、本当に…………」

 無力を痛感した。

 無念すぎる想いが喉の奥でつかえて、とても言葉に出来そうもない。

『あのね。アタシが死んだのは久遠ちゃんのせいじゃない。白龍の悪い癖だよ?』

 変わらない清名の声が、久遠を諭す。

 何でもかんでも白龍は、自分のせいにしちゃう。

 自分の事しかコントロール出来ないのが、わかり過ぎるくらいわかってるから。
 
 だから真面目な白龍はつい、自分を追い詰め過ぎてしまう。

 でもそれだけじゃいけないのよ、と。

『ねえ。いい考えがひらめいたわ! 心配しないで、ちょっと待ってて!』

 清名の声はとても耳に心地よく、久遠は安心感を覚えた。

 龍の目の清名はフワフワと宙に浮かび、いきなり牢の中から飛んで行った。

「…………?」

 清名が蘇ってくれた。

 幻でも見たのだろうか。

 一人になった久遠は、今あった出来事が信じられず、茫然としていた。

 もう一度清名と話せて嬉しい。

 繰り返し、彼の言葉を思い出す。

 改めて、彼がどれだけ自分にとって大切な存在だったかがわかる。

 二度と失いたくない。

 この気持ちを。

 今は紫色の龍の目だけが、右手の中で輝いている。

 ぼんやりと見つめていると、その輝きはどんどん、どんどん、大きくなっていき…………


 牢の中をまばゆく照らし出した。


 ────?!


 久遠にしか、この光が見えていないのだろうか?

 慌てた門番が駆け寄ってきたりはしない。

 紫色の龍の目は、清名の姿を映し出した。

「何やってるんだ、清名は」

 映像の中で緑色の龍の目は、高天原全域を、ブンブンと飛び回り。

 天の原全域を、フワフワと飛び回り。

 全ての神々の目に映る様に、情報を一気に拡散した。

 深名と濁名が犯した悪事を、全て。

 清名は全てを映しながら、大声で怒鳴った。

『これが真実よ!』

 禁を破って、濁名が罪もない人間の魂と体を食べたこと。

 どちらも不味いと文句を言い、提供者にさらなる生贄まで求めたこと。

 深名はそれを黙認し、生贄を持参するなら濁名を許そうと言い放ったこと。

 白龍と黒龍5体ずつの承認を得て、深名が『人間愛護法』の第9条をこっそり、変更しようとしていたこと。

 承認した白龍の中には、濁名がいたこと。

 深名の行いを『最低だ』と言った清名を、容赦なく殺したこと。

 真実の全てを清名は、全神々にもれなく暴露した。

 『龍の目』の情報は正確であり、驚愕した神々も真実として認めざるを得ない。

 白龍側は怒りに震え、最強神・深名の謹慎を提案した。

 また深名様のご乱心だ。

 やはり頭がおかしいのではないか?

 『昼は白龍、夜は黒龍』になるという、不思議なお方なのだから。

 希少な白龍・清名を殺した罪はとても重い。

「さすがだな…………」

 久遠は感心した。

 清名が龍の目になって、全て明らかにしてくれた。

 紫色の龍の目でこの映像を見て、久遠は心がスカッとした。

 これだけでは無い。

 久遠が全ての罪を背負わされ、牢に入れられたことも清名は、明らかにした。

 いつもはぼんやりとしていた白龍達も、目を覚ました様子で憤慨し、高天原の最高峰である桃螺(トウラ)付近に集まり出した。

 抗議するためだ。

 天の原にある久遠の『生誕の地』にも、変化が訪れた。

 建立の途中だった『龍宮城』を早く完成させようという動きが起こり、久遠を絶対に殺してはならないと、白龍側の神々が殺気立った様子を見せ始めている。

 世論が変わると急にこれだ。

 有難いというよりも先に、久遠は薄気味悪い気持ちに囚われた。

 今度は自分(久遠)を持ち上げて、力をつけようとするのだから、軽薄すぎる白龍側にも呆れてしまう。

 一瞬の出来事のように思えるが、牢の中で時間は確実に過ぎ去っている。

 腹が減り、目も開かない。

 体も動かない。

 もうすぐ自分は死ぬだろう。










 どのくらい時が経過したか。

 餓死する寸前だった牢の中の久遠に、突然食事が出された。

「…………」

 何も言わず、食事を出した黒龍は去ってゆく。

 屈辱的で、不快だった。

 意味がわからない。

 だが仕方なく、久遠は食べた。

 このまま死ぬわけには、いかなかったから。

 食事をとると徐々に、いつもの感覚が戻って来る。

 力が再び、沸き起こる。

 しばらくすると、龍の目姿の清名がやっと牢の中へ戻って来た。

『……見た? 久遠ちゃん!』

 ああ。

 彼の声は、心地よい。

 …………本当に。

『アタシ、高天原と天の原全域で、情報提供を行ってみたわけよ!』


 見た。


 ありがとう。


 久遠は牢に入って初めて、涙を流した。


 清名に対する感謝の気持ちが止まらない。


 自分のまわりをクルクル回っている清名をパッと捕まえ、久遠は彼にキスをした。



 龍の目に変わってしまった、親友に。
 
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