桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

痛くて優しい覚醒

「フツヌシ様、サインくれ! 俺、あんたのファンなんだ!」

 ファン?

 何言ってやがるんだ、コイツは!

「うるっせえ、騒ぐな! あいてててて……」

 痛みで涙が止まらない。

 意識が朦朧としてくる。

「痛いのか? もう俺、太鼓叩いてないぞ?」

 凌太は赤い炎みたいな色の鉢《バチ》を、手放した。

 カラカラン! と音を立て、2つの鉢《バチ》は地面に転がり、横になる。

 だが。

 凌太が太鼓を叩くのをやめても、痛みは全くおさまらない。

 呼吸もおかしくなり、フツヌシは気が狂いそうになった。

 こちらを見上げている豆粒くらいの凌太の顔が、ボンヤリと霞む。

 フツヌシの頭頂部に、凌太はふと気がついた。

「うわっ! 何か三角の、でかいのが刺さってる! 頭のてっぺんが痛いのか?」

 咄嗟に凌太は壁面へダッシュし、フツヌシの頭頂部へたどり着こうと、ゴツゴツした岩を掴みながら、上へ上へと登りだした。

「まかせろ! 頭に刺さった三角を、取ってやるよ! クライリングは得意だぞ!」

 クライリングって何だ?

 暗いリングか?

 不安に襲われたフツヌシをよそに、凌太はスルスルと登り進めていく。

 凌太は巨大岩フツヌシの、少し飛び出た腹部までは登っていくことに成功したが。

 そこから先が難関だった。

 頭部に近づくにつれ、フツヌシの涙で濡れた巨大岩がテカテカ光っており……

 テカテカの箇所は、オイルを塗っているかのように、ツルツルしていた。

 そのせいで凌太は何度も何度も、フツヌシの腹部を超えたあたりで、ツルッと滑って落下してしまう。

 ドスッ!

「うおっ!」

 ドスッ!

「いて!」

 20回ほどチャレンジしたが、凌太はフツヌシの頭部まで到達することができない。

「ちょーっと待ってろよ、フツヌシ様。俺が絶対にあの三角を抜いてやる……痛いんだろ?」

「……ああ」

 こいつ、自分も落ちて痛いくせに、優しい奴だ。

 死が近づくにつれ、何もかもどうでも良くなり、尊厳すらどうでも良くなる。

 だからだろうか。

 凌太の寛容な優しさだけが、心に染みる。

 頼れるのはもう、凌太しかいない。

 確か俺はこいつの魂を喰った。

 だからこの状況なのか?

 なのにこんな風に、優しくしてもらっていいのか?

 借りを作るどころの騒ぎではない。

 25回ほど地面に落下した後、よろけた凌太は和太鼓形の岩の一つに手を触れた。

「ん? この岩、すっげえヒンヤリしてる……」

 その岩は透き通った海のような青さで、氷と水の中間くらいの冷たさである。

 触れるととても心地良いその岩を、凌太は、自らの手でそっと優しく撫でた。

 するとその青い岩から、水蒸気のようなものが勢いよく吹き上げ、視界を覆った。


 途端に、フツヌシの痛みはすっかり、綺麗さっぱりと無くなった。


 頭頂部には相変わらず、三角の何かが刺さったままではあるのだが。


「痛くない……」


 喜びと嬉しさのあまり、フツヌシの目からはますます涙が溢れ出す。


「ありがとう……凌太」


 感謝の言葉が自然に出る。


 これはフツヌシの本心。


 凌太は無言で頷きながら、何度も何度も青い岩を優しく撫でた。


「いいってことよ」


 痛みが無くなった途端、フツヌシは考える力を取り戻した。

 つい先ほどまで、スズネから聞き出そうとしていたのだ。

 螺旋城《ゼルシェイ》の地下に眠る二つの魂の花のことを。

 最強神を元に戻すため。

 ところが……

 懐にしまっていた紙をスズネに奪われ、戦う羽目に。

 紙は燃やして灰にしたため、内容を読まれずに済んだが……

 あの瞬間、妙な《《何か》》が頭の後ろに刺さったのである。


 ――――ザクッ!


 スズネは言っていた。

『天空時《トウロス》』と。

 天空時《トウロス》は高度な術式の名だ。

 時の神しか使えないが、スズネに使いこなせるレベルの術式ではない。

 自分が巨大岩に変化してしまったのも、天空時が頭に刺さったせいか?

 どうしてここには自分以外、凌太《りょうた》しかいない?

「しかしとうとう、俺の夢にまで出てきちまったな! フツヌシ様」

 凌太はワクワクした様子で、フツヌシに話しかけてくる。

 どうやらここが、夢の中だと思っているようだ。

 まあ、無理もないか。

「俺さ、岩時神楽の原本を読んでからずっと、舞台をやるならあんたの役がやりたいと思ってたんだ! ……やたらと目立つ割に、セリフがほとんどねぇのが、すごくいい!」

「……」

 凌太は和太鼓風の大岩から顔を上げ、がはは! と笑い出した。

「それにしてもあんた、思った通りのツルッパゲだが、横の部分がゴツゴツしてねえな? 岩時神楽によるとフツヌシ様の頭は、ツルツルだけど横がゴツゴツのはずなんだぞ?」

「んなこと知るか!」

 ん?

 今、普通に怒れたぞ。

 思った通りの言葉を発せる。

 場所が問題なのか?

 相手が凌太だからなのか?

 意味がわからないが、普通に息ができる心地がして、何やらとても気持ちがいい。

「ツルッパゲを気にしてるのか? そりゃ悪かったな。だがよ、大事なのは見た目じゃねぇ、心だろ?」

「ケッ、いっぺんお前もハゲになってみろ、そうも言ってられないぜ」

「ハゲは経験済みだ、このカツラでな!」

 凌太は説明を続けようと、興奮状態で赤い天狗の面を手に取った。

「あれ? この面じゃねぇぞ! 俺のはハゲカツラなんだ! どこですり替わった?!」

 凌太の声があたりに反響する。

「知るか」

 そういえば凌太は、神社で汗臭い仲間たちと、ハゲのカツラ被って太鼓叩いてたな。

 これほど凌太が興奮している理由は何なんだ?

 無条件に、優しくしてくれるのは何故なんだ?

 こんな風に話しかけられると、思い出してしまうではないか!

 母様の優しさを。

 海玉様のことを。

 モモやカイのことを。


「……今まで都合よく忘れていた」


 とても大事なことを。

「忘れてた? あんたはこの岩時の地を作ってくれた、偉大な神様なんだぞ!」

「……」


 頭の中で何かが全て、ガラガラと音を立てながら、ひっくり返る。


 混沌とした記憶の何と何が繋がる?


「俺は何かを作るやつを尊敬している! だからあんたは俺にとって、一番のヒーローなんだ!」



 尊敬しているよ、フツヌシ。



 生まれてきてくれて、ありがとう。



 あなたの存在に、いつも助けられているよ。


 僕らのリーダーは、フツヌシだ!


 一緒に頑張ろう。


 応援するから。


 ずっと味方だよ。


 岩時の地にいてね。



 大切な、大切な、故郷。



 帰りたい。



 帰りたくて、仕方がない。




 思い出してしまったから。





「また痛いのか? 大丈夫か?」



「いや」



 凌太はフツヌシに近づき、もう一度青い岩を手で優しく撫で始めた。


「ここを撫でると、痛みが和らぐのか?」


「もう痛くない」


 優しく触れられると今度は、心に酷い激痛が走る。


 母様。


 ごめんなさい。


 最強神2体のうち1体はクスコ……自分の母親、深名孤だった。


 傷を作るごとに優しく介抱してくれた、大好きだった母様。


 なのに破魔矢で貫いた。


 矢の中に入って棘に変化し、純粋なウィアンを洗脳して。


 殺そうとした。


 あの母様を。


 もしかしたら深名斗様は、フツヌシに母殺しをさせたかった?


 一旦考え始めると、眩暈を起こしそうになる。


 殺害が失敗に終わって、本当に良かった。


「母様……」


 ごめんなさい。


 後悔してもしきれない。


 もう一生、許してはもらえない。


 聞きたいこと、伝えたいこと、たくさんあったはずなのに。


 何もかも忘れていました、では、済まされないでは無いか。


 フツヌシは幼少期、岩時の地で過ごした事をほとんど思い出していた。

 闇の神・侵偃が自分のもとから海玉様を、遠ざけたことも。

 無理やり入れられた恐ろしい、隔離室のことも。

 なぜ自分は、あんなに恐ろしい事が出来たのだろう?

 桃色のドラゴンである大地を、同じような隔離室へ入れて、拷問した。



 何度も。



「なあ……凌太、頼む」



 今は体が、この場所に固定されたままで動けない。



 だから────



「この場所を、ぶっ壊して欲しい」



 前へ進むために。
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