桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

七支刀の力

 道の神クナドは、獅子カナメと狛犬シュンの二体に、神社本殿の中でじりじりと詰め寄られていた。

 それに合わせるように、自分も徐々に後ずさっていく。

「あの女はどこへ消えた」

「エセナちゃんの事?」

「質問に答えろ」

「逃がしてあげたんだ」

「どこへだ」

「僕しか知らない、秘密の花園にね」

「ふざけるな!」

 凄まじいカナメの迫力に、クナドはビクッとたじろいだ。

「ふざけてないよ。おお……怖!」

 目力が超ヤバい、この獅子。

  黄金色に、輝いちゃってる。

「随分と威勢がいいんだね、岩時の獅子は」

 天界に住む神々よりコイツ(カナメ)の方がある意味、迫力満点なのでは無いだろうか?

「だって嫁入り前の女の子だよ? 危ない戦いに巻き込んで、傷モノになったら可哀想じゃ無いか! 女の子はね、花園にいてこそ華やぐんだ」

「…………」

「…………」

 カナメとシュンは一瞬目を見合わせ、阿吽の呼吸で頷き合った。

 この男の話に、まともに取り合うのはもうやめよう。

 話すだけで、精神力がすり減ってしまう。

 彼らはもう一度、殺気のこもった視線でギロリとクナドを睨みつけた。

「…………出ていけ。さもなくばお前を殺す」

「やれやれ、参ったな…………」

『まさか本殿の中で、霊獣二体が邪魔をしてくるとは』

 クナドは内心、舌打ちをした。

『何とかここをやり過ごさないと…………』

 エセナを別な場所へ移動させたはいいが、この後が問題である。

 霊獣達は本来、神である自分の敵ではない。

 そのくらいの弱さであるはずなのだが、さすがに霊獣を束ねる獅子カナメの力は未知数で手こずりそうだし、二体相手だと厄介だ。

 何も自分がこんな、霊獣男二体を相手にする必要はない。

 『光る魂』を狩る事に集中したい。

 さっきからいい匂いがするのだ。

 女の子の甘い、血の香りだ。

 絶対に女の子だろう。

 紛れもなく女の子だ。

 引き寄せられ、ウキウキワクワクと、思わず心が弾んでしまう。

 スキップでもしてこの場から、ふらふら~っと立ち去ってしまいたい。

 すぐに瞬間移動できたら、一番楽なのに。

 あの瞬間移動の術式『黒天権(クスメグレズ)』は、次に起動させる事が可能になるまで、かなりの時間を要する。

 エセナを移動させるのに一度使用してしまったため、力が貯まるまでしばらくの間は、発動させる事が出来ない。

 カナメとシュンの話相手をしながら、逃げるタイミングを計るより他はない。

 シュンはいきなり、花びらの形をした白銀色の飛刀を三本同時に、クナドに向かって投げつけた。


 ────ヒュン!


「おおっと!」


 狙いは全てクナドの顔面の、主に右目の方角に集中させている。

 ────カッ!!

 ────カッ!!

 ────カッ!!


 ほんの一瞬の出来事だった。


 白煙が立ち上り、あたり一帯を覆っている。


「────怖いなぁ、もう」


 どぎまぎした様子の声色で、クナドは文句を言っている。

「?!」

 シュンは驚愕の表情を浮かべた。

 まさか、当たらなかった?!

「いきなりひどいよ」

 煙が消えると、黒樺の杖を横向きに持ったクナドが、再び姿を現した。

 彼の右目には、三本の飛刀がひとつも命中していない。

 彼は面倒臭そうに、顔をくしゃっとしかめている。

 そして彼とは別の何かが徐々に、カナメとシュンの視界に映し出された。

 どうやらそれが盾替わりになって、彼の体を守ったようである。

 煙が完全に消えると、人間の血の色に似た、深紅の巨大な扉が現れた。

 扉の中央には、クナドの杖に彫られたものと同じ、羽冠をつけた黒龍の頭が描かれている。

「君はここに入って」

 クナドは右目を扉と同じ深紅色に変化させ、シュンに向かってシッシッと虫けらを追い払うようなポーズを取った。

 音が響く。

 ────ギィー…………

 両開きの扉がゆっくりと開かれる。

 シュンは徐々に、その扉の中に吸い込まれていった。

「…………う、うわっ!!」

 いつしか彼は、扉の中に片足を突っ込んでいる。

「…………カナメ様!!」

 シュンは這いつくばり、地面に数本の短刀を突き刺して、柄を握って吸い込まれる力に必死で抵抗した。

 だが、強すぎる力には全然歯が立たない。

 小柄で軽い彼は暴風に抗えず、扉の中へとあっけなく吸い込まれていった。

「男の子は、ゴメン」

 クナドはもう一度、シッシッと虫を追い払うような仕草を見せた。

「シュン!」

 カナメが駆け寄った時にはもう、既に遅かった。

 シュンの姿はもう見えない。

 ────バタン!

 閉まる音が鳴り響く。

「おい!」

 カナメは扉に駆け寄り、ガン! ガン! と叩いた。

 だがいくら叩いても、無理やり開けようとしても、何をしてももう扉は動かず、やがて跡形もなく消えていった。

「…………シュンをどこへやった」

 邪気が強くなっている。

 カナメはクナドに質問しながら、『気』の力の変化を感じ始めていた。

 どうも、クナドがこの空気を呼び寄せているわけでは無いようである。

 そうか。

 久遠様の、天璇(メラク)の守りが消えたからか。

「本殿から、いなくなってもらっただけだよ」

 バチバチッと雷鳴のような音が鳴り響くと共に、空間がひりつく様に、強烈なうねりを見せ始めている。

 何が起こっているのだろう。

 天璇(メラク)の守りとは逆の現象。

 岩時の神体が、大きな力を呼び集めている。

 祭りの力を得て禍々しいと呼ぶにふさわしいほどの『場』が、徐々に完成しつつある。

「…………だって可哀想じゃ無いか」

 本殿の中に集まった、強大な力。

 クナドも本能でそれを感じていた。

「今、あの狛犬君がこの場にいたところで、あっけなく死ぬだけだからね」

 カナメの怒りは頂点に達した。

「お前に何がわかる」

 本殿の空気が変わったから何だというのだ。

「どんな事があってもここを守るのが霊獣の使命。わかったような口をきくな、この下衆が」

 カナメは構えながら、それでも冷静に思考を巡らせた。

 クナド相手では残念ながら、自分の力だけで勝つことは叶わない。

 誰かと合流する必要がある。

 まずは何としてでも、この男が先へ進むのを足止めしなければ。

「…………神に対して下衆はないだろ、全く。失礼な獅子だね」

 クナドは手に持った杖をカナメに向けて構え始めた。

 雑念で頭が一杯のまま、面倒臭そうな様子で。

『あーあ…………もう早く女の子に会いたい。こんなゴツイ男じゃなくて。出来れば巨乳で綺麗な子がいい。早く女の子、女の子、女の子、女の子!』

 思考を読む事は出来ないが、終始おかしな様子の道の神が大変、薄気味悪い。

 カナメは苦虫を嚙み潰したような表情で、クナドを睨みつけた。

「早く立ち去れ。この下衆が」

「あー、また下衆って言った」

 背中に刺していた、剣身の脇に六本の剣の枝が生えている純白の刀剣、七支刀(しちしとう)を取り出し、カナメは強く念じた。


『────サワ』


 柄に最も近い『剣の枝』の一つが光り輝く。


 放たれた閃光は、パッという音と共に巨大化し、大きな白蛇の姿へと変した。


『────お呼びでしょうか、カナメ様』


 その白蛇は徐々に、クリーム色の長い髪をふんわりと揺らす、色白で美しい少女の姿へと変わっていく。


「これはこれは…………」


 まさかこのゴツイ獅子が、超絶カワイイ女の子を、自分のために出してくれるとは!


 しかも、超巨乳!


 しかも、スタイル抜群!


 しかも、目の色は緑色!



「心臓のドキドキが、鳴りやまない…………!」



 クナドは嬉しくて、すっかり舞い上がった。
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