桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

魂の渇き

 扉工房の中に、風塵(ふうじん)が沸き起こる。

 やがてその中から緑色の瞳と桃色のたてがみを持つ、巨大なドラゴンが姿を現した。

 頭上には黒い羽冠が光り輝き、首には銀色の勾玉でできた鎖が巻かれている。

 桃色のドラゴンは頭を振り上げ、怒りに我を忘れた様子で、喉の奥からいくつもの、黒色の玉『黒玉衡(クスアリオト)』を生み出した。

 無数の鋭い『憎しみの棘』がついたその玉が、バチバチと音を立てながら巨大化し、九頭龍に向けて放たれる。


 ────ゴウンッ!!!


 ────ゴウンッ!!!


 ────ゴウンッ!!!



 扉という扉を次々と、暗黒の球体は破壊していく。


 ────バキバキッ!


 ────ゴウンッ!!!


 ────バキバキッ!


 グルグルと回転しながら勢いよく、九頭龍の体に向けて玉が撃ち込まれていく。

 玉の中心には天璣(フェクダ)の力が込められているため、裂かれた体の一部分が光り輝く。

 黒い玉に備わった『憎しみの棘』は、内なる力を破壊する。

 攻撃しながら桃色のドラゴンは、涙をいくつもいくつも零している。

「紺野や姫毬達を…………ボロボロに傷つけやがって!」

 関係の無い者たちを巻き込んだ罪は重い。

「死んで償え!」

 息の根を止めてやる。

 もう、それしか考えられない。

 数えきれないほどの黒い玉が、九頭龍の体内で膨らみ出す。

『ギャァァァッ!!!』

 全身を支配した天璣(フェクダ)の猛毒に、九頭龍は叫び声をあげた。


 大地は呻いた。


 自分は甘かったのだ。


 非情になり切れなかった。


 ────これでは誰も救えない。


 悲しみが憎しみに変わる。


 九頭龍を絶対に殺す。


 ドラゴン化した大地の口から飛び出た黒玉衡(クスアリオト)は、内なる力を膨らませる玉衡(アリオト)の、『反転の力』である。

 その力はあまりにも強大で、体への負担が大き過ぎた。

 紺野に一度回復してもらったとはいえ、ほとんど余力が残っていない。


「絶対に、紺野を…………救う」


 荒れ狂う心だけが、大地を突き動かしていく。

 意識が薄れていようと、頭の中が朦朧としようと、最後までやり抜いて見せる。

 ────喉が異様に渇く……

 大地は目の前でのたうち回る九頭龍そっくりの姿に、変化して見せた。


「見ろ。────これがお前だ」


 九頭龍は驚き、紺野の喉元から口を離した。

 目の前にいる自分そっくりの龍を見て、九頭龍は唖然としている。

『こんなに醜いはずはない! 私は………もっと美しい』

 大地は、桃色のドラゴンの姿に戻った。

『そんな、バカな、私は、クナド様に、血を与えられ、愛されている、だから私は強い、だから私は最も賢く、だから私は最も美しい、だから私は……だから私は……』


「じゃあ、クナドはいつお前らに、会いに来てくれるんだ?」


 囚われている紺野を避けながら、大地は九頭龍に向けて黒玉衡(クスアリオト)を放つ。


 ────ゴウンッ!!!


 ────ゴウンッ!!!


 ────ゴウンッ!!!


「自分を強くできるのは自分だけだ」


『ギャァーーーーーッ!!!』


 痙攣しながらのたうち回り、九頭龍は暴れ狂った挙句、爆発した。


 ブシャァァッ!!!


 どす黒い血が、扉工房を染める。


「依存したところでクナドは二度と、戻ってこない」


 報いを受け、自分を保てなくなり、やがて深い闇に堕ちる。


 飛散した九頭龍の体はやがて、さらさらした赤黒い砂へと変わってゆく。


 大地はこの隙に、龍から解放された紺野を背中に乗せて、奪い返した。

「紺野…………大丈夫か?」

 返事はない。
 だが、息はしている。

 まだ紺野は生きている。

 ────良かった。

 …………一刻も早く、安全な場所へ逃がさなければ。

 ほっと息をつこうとしたのもつかの間、九頭龍の成れの果てとなった赤黒い砂はみるみるうちに、元の姿へと戻っていく。


「……まだ、生きてやがったのか!」


『……酷い! ……酷い!!』

 
 九頭龍の体はどんどん、どんどん、大きくなっていった。


「もう、勘弁してくれよ…………」


 ようやく────紺野の体を、取り戻したのに。


 奪い返されて、たまるか……


 再び黒玉衡(クスアリオト)の竜巻を起こす力は、大地にはもう残っていない。


 万事休すである。


 ドゥーベは心配そうにオロオロと、桃色の龍(大地)と九頭龍の周りを飛んでいる。


 ────大丈夫。


 こんな所で、力尽きたりしない。


 大地はドゥーベにそう言いかけたが、そこで意識を失った。




















 道の神クナドは、虹の橋の横で目を覚ました。

 自分の体を見てぎょっとする。

 まだ、紺野和真の体のままだ。

 ウタカタは橋になった状態のまま、まだ深い眠りについている。

 どこから間違えてしまった?

 血と魂の味は、似て非なるもの。

 すぐに手に入るものと、なかなか手に入らぬもの。

 自分はすぐに手に入るものを、咄嗟に選んだでは無いか。

 霊水を飲む儀式を済ませても『気枯れ』状態にはならない人間が、この世にはいるようだ。

一番厄介なのは、コントロールできない人間。

 紺野和真が、まさにそれだ。

「高天原でいっぱい、楽しい事ができるはずだったのに…………」

 クナドは考えを巡らせた。

 結論から言うと紺野和真の魂は、意のままに操ることが不可能である。

 彼の魂の力は、とても強い。

 体が入れ替わって、それがとても良く分かった。

 体の方も全く、思い通りにならないからである。

 魂を奪った後、体くらいは自由に使えると思っていたのだが。

 指示を出したところで、ほとんど自由に動かせない。

 まっさらで清らかな状態を保っている心には、全く侵入ができない。

 滅多なことでは他者の影響を受けないという、厄介な人格を持った彼は、暗示にとてもかかりにくい。

 意のままに操れると思っていた体の方も、影響を与えるのが至難の業なのである。

 魂と体を分離されても、どちらも存在感が変わらないのだ。

 霊水を飲んだ後も、紺野の魂を体から完全には、引きはがせなかった。

 魂が強固過ぎる。

 体を狂わせることも、心を狂わせることも、叶わない。

 ────これが『光る魂』か。

 厄介なものだ。

 先に体を奪ってしまえば、魂の方も簡単に服従を示す予定だったのに。

 これでは岩時の地を穢せても、『光る魂』を犯せない可能性がある。

 手っ取り早く確実な方法だと思い、先に気枯れを吸血をしたのは、大失敗だった。

 体が入れ替わってしまうとは、思いもよらなかった。

 早く体を取り返さなければ。

 誰かに血を吸われた上、力も使われ続けている。

 紺野和真の体は生身の状態であり、気枯れとは違う。

 正体が危ういどころか、本人の魂が深く根付いてしまっている。

 クナドでは手に負えない。

 下手をすれば、影響され始めてしまうのはこっち(クナド)だ。

 じゃあ、どうやって奪う?

 和真の心に侵入するには、彼の一番の『弱点』を突くしかない。


 大地の婚約者である露木さくらだ。


 こうなったら彼女の存在を、上手に利用するしかない。


「……まだチャンスはあるかもね」



 クナドは、諦めていなかった。



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