幸せにしたいのは君だけ
手早く黒のノーカラーコートを羽織り、バッグを手にする。

千埜を急き立て、会計を済ませて店の外に出る。

店員の明るい『ありがとうございました!』という声を背に、駅に向かって歩きだす。



様子のおかしい私を心配する千埜に手を振り、反対側のホームに向かう。

すぐに親友の乗る電車がやってきた。

去り行く電車を見送りながらほうっと白い息を吐く。


「さむ……」


手袋をはめていない指が微かに痺れる。



覚えているのは、結婚式の日のあの人の視線。

切なさの入り混じった目は、真っ直ぐに私の憧れの先輩を見つめていた。

そこに浮かぶあふれんばかりの愛情に、胸が痛くなった。



この人の恋は今日を境に、もう一生叶わない。

なのにどうしてそんなにも穏やかに微笑むのだろう。

なぜふたりを祝福するのだろう。

悲しくはないのだろうか。

寂しくはないのだろうか。

……悔しくはないのだろうか。



他人事なのに、なぜかとても気になった。

そして、どういうわけか、とても胸が苦しくなった。


恐らく、幼馴染みのそんな想いにはまったく気がついていない澪さんは、新郎の隣で嬉しそうに口元を綻ばせている。

澪さんに、なんの落ち度もないとわかっている。

このふたりの関係に口を挟む権利も、気にする必要も、私にはない。


なのに、どうしても目が、心が彼を追ってしまう。
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