幸せにしたいのは君だけ
翌日。

朝から鼠色の空が低く重く広がっていて、気温もとても下がっている。


来社されるお客様のほとんどが分厚いコートを着こみ、頬も寒さのせいか真っ赤になっている。

顔見知りのお客様と天気について当たり障りのない会話をしたり、いつもと変わりない一日を過ごす。


終業時間が近づいた午後六時過ぎ。

ひとりの男性が来社した。


「先輩、あの方すごいイケメンですね!」


二歳年下の後輩、早苗(さなえ)ちゃんが耳元で興奮気味に囁いた。

彼女は、澪さんと入れ違いに受付担当になった。

甲高い声は周囲に響きやすい。


エクステを施した大きな目で正面を見据えている。

それほど視力の良くない私には、来客の面差しははっきりとわからない。


まったく、イケメンが関わるとどれだけ視力がいいのよ。


「早苗ちゃん……もう少し小声でね」


不自然ではない程度に顔を傾け、にこやかな笑みを貼り付けながら後輩を(たしな)める。


……私もこうやってよく澪さんに注意されたっけ。


ほんの少し前の出来事なのに、ずいぶん昔のように思えてしまう。

しかも、私が今度は後輩を窘める立場になるだなんて。


ただただ素敵な男性と出会って結婚したいと、今から考えるとずいぶん甘い考えを抱いていたあの頃。

仕事内容にも、今後についても、深く考えたりしなかった。

男性を見る目は厳しくとも、自分への評価はとても甘かった。
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