幸せにしたいのは君だけ
「ああ、本当だ! わざわざ追いかけてきてもらって申し訳ない」

「気になさらないでください。お返しできてよかったです」

「応接室に置き忘れていた?」

「いえ、床に落ちていました」

「……そうか。もしかして胸ポケットに入れたつもりが、うまく入っていなかったのかも。助かったよ。このペンの書き心地、気に入っていたんだ。ここまで持ってきてくれてありがとう」


申し訳なさそうに眉尻を下げる彼に、慌てて返答する。


「いえ、間に合ってよかったです」


ホッとして頬が緩む。


「本来なら性懲りもなく、これを口実にお礼をと誘いたいところなんだけど……」

「とんでもないです。落とし物を届けただけでお礼なんて不要ですよ」

「あちらから歩いてくる男性に睨まれているような気がするから、退散するよ」


私の肩越しに背後を見つめて、益岡さんが困ったように言う。


「え……?」


思わず振り返る。

そこには周囲の視線を惹きつけて歩く、ひと際目立つ男性がいた。


スーツの上に、ひと目で上質とわかるコートを羽織っている。

サラサラと冬の風になびく髪と長身の身体。

私との距離はそれほど離れていない。


本来なら、この場にはいないはずの人。
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