幸せにしたいのは君だけ
「ほら、早く乗って」


私が戸惑っているうちに、するりと手を取ってタクシーに誘導する。

いつの間にタクシーを停止させたのか。

その無駄のない動きに、呆気にとられる。


タクシー運転手が不思議そうに私たちを見つめているのがわかる。

いたたまれず、半分自暴自棄にも似た気持ちで乗車する。

その後で彼も乗り込んでくる。


「あの、なんで佐久間さんまで……」

「君を送った後、俺も実家に戻るから」

「ご実家に住んでらっしゃるんですか?」

「ああ、一時帰国の時は大抵実家に滞在している。ホテルでもいいんだけど、週末は実家で過ごすほうがなにかと楽だから」

「そう、ですか……」


送ってもらうだけだし、自宅近くで降車すればいい。

変に意識するほうがおかしいわ。


他愛ない会話の中で無理やり自分を納得させ、自宅近くの最寄り駅を運転手に告げる。

ゆっくりとタクシーが動き出す。


「へえ、俺の実家に近いな」

「……澪さんのご実家の近くでしたよね、確か」

「ああ、よく知ってるな」

「佐久間さんのお話は、澪さんからよく聞いていましたから」

「アイツ、本当に余計な情報をもらしてそうで怖いな」

「佐久間さんが“去る者は追わず来る者は拒まず”主義だって話なら、伺いましたが」

「……いつの話だよ、それ」


眉間に深い皺を寄せる。

そんな仕草がなぜかおかしくて噴き出しそうになる。
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