幸せにしたいのは君だけ
「――佳奈、お手洗いに行かないの?」


突如、割り込んできた親友の声にハッとする。

呼ばれた名前に反応したのは、私だけではなかった。

ゆっくりと、すぐ近くのテーブル席に座るスーツ姿の男性が振り返る。


「い、今行く……!」


反射的にサッとうつむいて、お手洗いに小走りで向かう。


一瞬だけ目が合ったように感じたのは気のせい?


長めの漆黒の髪、ほんの少し垂れ目がちの甘めの顔立ち。

中性的ともいえる容貌は、間違いなく整っていると周囲から言われる部類だ。



これまでに何度も会った男性。

澪さんの自慢の幼馴染み――佐久間さんだ。


まさかこんなところで会うなんて。

確か佐久間さんは現在、アメリカに海外赴任中だ。


どうして都内の、しかも私の勤務先すぐ近くの焼き鳥屋さんにいるの?

ううん、そんなことよりも。

……私の話していた内容、すべて聞かれていたんじゃ……?


ここは完璧な壁で四方を囲まれて、遮られているわけではない。

扉があるわけでもない。

両横の細かな格子の仕切りで姿は見えなくても、多少大きめの声で話していたら、会話は筒抜けになる。


この距離で、しかも半個室。

よほどの小声でない限り音は響く。

いくら周囲が騒がしいとはいえ、話の内容の見当くらいはつくだろう。

その証拠に、私たちも近くのテーブル席の話の内容は聞こえていた。
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