侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!

クラリスは部屋で絵本の読み聞かせをしたあとは、ある程度の年齢の女の子達には刺繍を教えることにした。

年頃の女の子たちの話題は勿論恋愛のことで、

「一緒に来てたかっこいい人、お姉ちゃんの恋人なの?」
「‥恋人じゃないわ」

やはり突っ込まれたか。
期待が込められたキラキラとした瞳を向けられてるだけに申し訳ない気持ちになる。

「じゃあ何?」
「そうね、結婚するかもしれない人かしら」
「じゃあ恋人じゃん!」
「違うのよねえ‥」
「えーなにそれ。つまんない」

子供たちから一斉にブーイングを受ける。

「きっと大人になったらみんなもわかるわ」
「じゃあお姉ちゃんはあの人のこと好き?」
「好きではないかしら‥。でも、尊敬はしているわ」

この国の王族としての重圧に耐え、国民のために政治に真摯に向き合う姿は尊敬している。

本人には絶対に言わないけれど。

「でもこれから好きになるかもしれないじゃん。もしやお姉ちゃん好きになるのが怖いの?」

大人ぶった子供の一言。
しかし、その言葉はクラリスに刺さる。

「しかも、大人になると素直になるの難しいんでしょ?お姉ちゃんも自分の心に正直になりなよ」
「そーだ、そーだ!」

もはやどちらが大人かわからない。

「‥ええ、そうね」

好きになるのが怖いか‥。
素直になったら私は殿下のことを好きになるの?

確かに私は‥、
そこまで考えてクラリスはハッとする。
これじゃあ、まるで私が殿下に恋したいみたいじゃない!

「この調子じゃまだダメそうだね」
「だねー」

子供たちは一人で百面相しているクラリスを静かに見ながら呟くのだった。

その後は、前回盛大にやらかしたこともあり子供たちはクラリスのことをいじれるお姉さんと認定したらしく、散々いじり倒された。

子供達が楽しそうなのでクラリスは諦めて耐えていたが、流石に限界な所でルバートが子供たちと一緒に外遊びから帰って来た。

「また遊ぼうよ!」
「次はボール遊びがいい!」

子供たちがルバートを囲んで言う。
流石だわ、もうあんなに懐かれるなんて。

私もああいう感じで仲良くなりたかったのに。

「次いつ来るの?」
「そう遠くないうちに来るよ」
「いつ?何月何日?」
「内緒かな」
「えーー」

内緒というルバートの返事に子供たちは残念そうな声を出す。

「クラリスたちの方は何してたの?」
「絵本を読んだり、刺繍を教えてましたわ」
「そうなんだ」

ニコリと笑ってそう言う殿下に女の子たちは頬を染めてうっとりする。

まさか人を魅了する能力持ちじゃないわよね?
むしろそうであって欲しいくらい、殿下は人を惹きつける。


「そろそろ行こうか」
「はい」

よし、帰れる!
帰りの馬車さえ耐えれば今日は帰宅してフリーだわ!

「ぜひまたお越しください」

馬車は寝たふり作戦がいいかしら?
院長や子供たちとお別れをした後、クラリスはそんなことを考えながら馬車に向かおうとする。

しかし、一歩を踏み出す前にさりげなくルバートはクラリスの手をとる。

「ルバート様?」
「この後は二人だけで町に行こう」
「‥え?なんとおっしゃいましたか?」

笑顔を引き攣らせながらクラリスが聞き返す。

「二人で町に行こう。この後クラリスは何もないって聞いてるよ」
「‥確かに予定はないですわ」

こうなるなら予定を入れるべきだった。
むしろ今から予定を入れたい。

しかも、二人だけと言う言葉に護衛たちは反論の意思も見せずに静かに帰り支度をはじめている。

つまり殿下は最初から私と二人で町に行くつもりだったと。そして私だけ何も知らされてなかったということね。

外堀から埋められている気がしてならない。

クラリスのむすっとした表情を見たルバートは笑顔で、

「まさか、私のことを知って欲しいって言ったの忘れた?」
「それは‥ハイ‥勿論覚えております‥」

こ、怖い!
笑顔だけど、黒いオーラが出ている!!

「ならよかった。じゃあ行こうか」
「‥」

拒否権なんてものは殿下の前では存在しない。

無事に終わらない予感しまくりの二人での町歩きの始まりだ。
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