侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!
残念ながら夢のはずもなく、それどころか殿下との再会は予想よりだいぶ早くやってきた。
数日後にはルバート殿下直筆の手紙が届き、今度は2人だけのお茶会に招待されたのだ。
手紙を抹殺するか一瞬本気で考えたが、それまた興奮したメイが大声で騒ぎ出したため家族に知られてしまい強制参加となった。
「このお菓子は東の国の物なんだ。口に合う?」
「そうなんですね。とても美味しいです」
なぜ優雅に殿下とお茶会をしているのかしら‥?
本当に現実なのか疑ってしまう。
薔薇の香りに包まれているために夢の中ようだ。そしてこれまた薔薇と殿下の組み合わせは恋物語の本の1頁のように似合う。
「この薔薇園は私の母が作ったもので、今も母上自身が手入れをしているぐらい母上は薔薇が好きなんだ。今は薔薇の色を変えようと色々しているらしい」
「王妃様自身で薔薇を‥。どんな色の薔薇も美しいと思いますわ」
「そうだね。新しい色の薔薇ができた際にはクラリス嬢に教えるよ。」
「ありがとうございます」
それは是非とも見たい。
何色の薔薇もきっと素晴らしいに違いない。
その後も殿下は何かと話題を振ってくださり意外にも普通に会話を楽しむことができたが、なぜ今日私が呼ばれた理由はわからなかった。
「本日はお招き頂きありがとうございます。とても楽しかったですわ」
会話に区切りがついたところでクラリスはお礼を言い、そろそろ帰りますという意思表示をする。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。最後に一つだけ聞いてもいい?」
「はい。何でしょうか?」
「クラリス嬢は王妃になりたい?」
「お、王妃ですか‥」
まさかのド直球な質問。
これはなりたくないとはっきり言うべきなのか。
それとも濁すべきなのか…。
「あ、あのその前にどうしてわたしの名前を知っているのですか?私たちこの間が初対面でしたよね?」
クラリスは話を変えて、うまくはぐらかそうとする。
「‥それは君は社交界で有名だからね。侯爵家だし名前ぐらいならみな知っていると思うよ」
「ソウデシタカ」
まさか殿下までにも完璧令嬢と私が呼ばれていたことを知られていたなんて。
まさか私がこうやって殿下とお茶会をしているのも完璧令嬢と呼ばれてるいるからじゃ…。
きっと完璧令嬢だったら未来の王妃だって務まるかもしれない、と思ったのだろう。
ようやく私が呼ばれた理由の謎が解けたわ。
「それで王妃にはなりたい?」
どうやら答えるまで帰れないらしい。
クラリスは諦めて正しい答えを考える。
どんな答えを望んでいるのだろうか。
殿下の口元は笑っているけれど、目は真剣だ。
本気で問いかけているなら、きっと完璧令嬢としての私を求めている。
それならば、
「なりたくありません。私、気ままに生きたいのです。王妃なんて器じゃありませんし、ごめんですわ」
逆にありのままの私の答えを言わなければ、王妃の座が一歩近づいてしまう。
自ら完璧令嬢の名を捨てれば私の能力もバレることはない。
完璧令嬢と偽るのは終わりにしよう。
「ですので王妃はお断りです。それでは、失礼致しますわ」
クラリスは殿下の反応を見る前に素早く立ち上がり礼をしてから逃げるようにその場を後にする。
優しい殿下のことだ、失礼な言動をとっても不敬罪には問わないでいてくださるだろう。
ただ間違いなくこれで私に失望して婚約者候補から外れたはずだ。
そもそも完璧令嬢の名なんてさっさと捨てておけばよかったのだわ。
無駄に完璧令嬢でいようとしたから、こういう事態になってしまったのだ。
クラリスは打って変わって清々しい気持ちで帰宅した。