侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!
「ただ今帰りました」
今日のお茶会の内容は家に帰れば家族に質問攻めに合うことはわかっていたので、やり過ごすための嘘を考えるためわざと馬車を遠回りしてもらい帰ると家の中は何やら騒がしい様子。
いつも冷静な家令までも慌てたように部屋を行ったり来たりしている。
どうやら家にいる者たちは、クラリスの帰宅に気付いていないようだった。
みんなこんなに慌てて今日何かあったかしら?
すると本来いないはずの父であるエイブラムが部屋から出てきて、クラリスのもとにやって来る。
しかもエイブラムは厳しい顔をしているのでクラリスは嫌な予感がした。
「え、お父様?お仕事じゃ…?」
城勤めの父は基本遅い時間に帰宅する。
侯爵家当主としての仕事もお兄様に代理で任せているくらい忙しいのだ。
「クラリス帰ったか…さっき私の執務室にルバート殿下自らいらっしゃってクラリスとの婚約が決まった」
「…嘘」
エイブラムの言葉に一瞬頭が真っ白になる。
婚約が決まった…?
「嘘ではないぞ。今日のお茶会でそういう話になったんだろう?」
エイブラムの鋭い視線がクラリスを射抜く。
結婚したくありませんと言って逃げ帰ったなんて言ったら間違いなく怒られるだろう。
「そ、そんな感じではなかったですわ」
「はぁ…。なんだその曖昧な言葉は。クラリス、別に王妃になれと育てたわけではないが殿下の婚約者となる以上ふさわしくなりなさい。あと婚約発表ら2週間後の王宮で行われる夜会になった」
「待ってください!ルバート殿下の婚約者なるのは確定なのですか?!お断りは…」
「無理だな。そもそも断る理由がどこにある?ルバート殿下は素晴らしい方だ、むしろお前にはもったいないぐらいだ」
「そんな…」
あの態度が逆に興味を引いてしまったの?
ここではいそうですかって素直に婚約者に収まるなんて絶対に嫌。
あんな失礼な態度をとっておいて婚約が成立してしまうのだから、私が我儘令嬢を演じようと泣き落としで説得しようと簡単には取り消してくれないはずだ。
ならば、やっぱり忘却の力しかないわね…
けれど不特定多数に知られた段階で私の力はもはや意味がない。
だから絶対に婚約発表がされる前に殿下に会って忘れさせなければいけない。
まずは殿下にいつお伺いしてよろしいか手紙を書いて、さっさと実行に移すしかないわ!
二度と会わないつもりであんな別れ方をしたのにまさか自分から会いに行くことになるとは、最悪すぎる展開だ。
そして、最大の問題は私の力が殿下に効かないこと。
殿下が能力持ちだと仮定してその力が私の力を無効化してるのか、それとも別の原因があるのか。
それがわからなければどうしようもできない。
けれど、絶対に忘れさせてみせるわ!!
こうしてクラリスとルバート殿下の2週間に渡る攻防戦が始まるのであった。
(しかし全てはルバートの手のひらで踊らされているだけである)